深きアメジストの悩み(4)
「ただいま〜……あれ? 鍵がかかってる……ヴァン兄? ヴァン兄がいない?」
【……サム。ヴァンはヨウジがあるって、イっていなかったのか?】
「うん……。確か、出かける用事はないはずだったけど……」
サムがチョコ味のゴーフルと一緒に、まずは自分の家に帰宅してみるものの。本来であれば、そろそろ開店時間だというのに……扉には「Getting ready」のプレートが下げられており、鍵までかかっている。そうして、仕方ないなぁと……ゴソゴソとポケットから鍵を取り出しては、改めて帰宅するサムだったが。……店内にヴァンはおらず、ひんやりとした空気が置き去りにされたままだった。
「ヴァン兄……。もしかして、イノセントを助けに行ったのかな……」
【えっ? サム……それ、どういうイミだ? ヴァンはイノセントのイバショ、シってるのか⁉︎】
「……」
多分、知っていると思う。
予想外の答えに、ジェームズがピョンピョンと跳ねては、話の続きを促すが。サムにはその事を本当に話していいのかどうか、迷っていた。それに、ヴァンがどうして「そんな仕事をさせられているのか」について、サムは詳しく聞かされた事もない。だけど……ヴァンが「そんな仕事」に手を染めていることを嫌悪し、何よりも後悔していることだけは、サムも十分に知っていた。
「……ジェームズ。ラウール兄さん達に力を貸して欲しいんだ。そして……お願いだから、ヴァン兄を助けてあげて……!」
【サ、サム? ヴァンをタスけるって、それこそどういうイミだ? って、アッ! と、とにかく、ジェームズのイエにイこう。だから、こんなトコロでナくなって!】
イノセントではなく、ヴァンを助けて欲しいとは、これいかに。
ジェームズには何が何だか、さっぱり分からないが。サムはサムで、心当たりと心配事を抱えている様子。突然、泣き出したサムを慰めるついでに、繋がれたままのリードをグイグイと引っ張りながら、アンティークショップへ帰ることを提案するジェームズ。二日酔いで情けない状態とは言え、ラウールが頼みの綱であることに変わりはない。そうして、一応は頼りになるらしい飼い主に相談しようと……賢い看板犬は鼻をスンスン言わせながら、泣きじゃくる少年を先導するのだった。
***
「……そう。ヴァン様はそんなお仕事をされていたのですね……。そして、サムがそんな風になったのには……」
「う、うん……。レディ・ニュアジュって言う女の人に、僕は買われて……そこで実験台にされていたのを、ヴァン兄に助けてもらったんだ」
頭痛はまだまだ、治らないけれど。最低限の知性と理性は取り戻し、サムの相談にも面倒くさがらずに対応するラウール。
彼の話では、あの夜の邂逅の後……サムはあろう事か、実の母親に銀貨5枚で売り飛ばされたのだという。母親の薄情さには流石のラウールはもとより、キャロルも嘆かわしいとばかりに眉根を顰めて見せるが。今はヴァンがどこに行ってしまったのかが大事だと……サムは涙ながらも、気丈に話を続ける。
「……店の地下には、仕事用に用意された融和炉があるんだ。そこで、ヴァン兄はヴランヴェルトに収める試験用の合成石と一緒に……カケラの核石を合成する仕事をしていて。なんでも、僕みたいに買われていった子供から作り出した小さな核石をくっつけて、大きな核石にする作業なんだって……」
融和炉の前でヴァンは涙を流せないなりにも、悲しそうに顔を歪めては悩んでいたんだと……サムは肩を落とす。サムにもどうして、ヴァンがそんな仕事に従事しなければならなくなったのかは、知らされていないが。それでも、自分が「どこでこんな風になったか」は覚えているし、ヴァンが出かけている先もそこだという事は知っている。そして……。
「それで、僕はロンバルディアの王立病院で手術を受けさせられて……。仕事でやってきていたヴァン兄と再会したのも、そこだったんだ。だから……多分、ヴァン兄の行き先はあの病院だと思う」
「ロンバルディアの王立病院ですって⁉︎ だとすると……」
【……コタえは1つだろう。ビョウインナイにスパイがいるというコトだ】
ジェームズがやれやれと首を振ると同時に、それは非常によろしくない事態だとラウールは持ち直した悪心を別の意味でぶり返してしまう。
ロンバルディア王立病院。表向きはオピタル・ジェネラルとして一般人向けの診療もしているが、広大な敷地内にカケラ研究の関連機関をズラリと揃える、1つの独立した地下研究所も併設している。簡略的な一部の機能(療養施設)は比較的閑静なヴランヴェルトに移管されているが、設備の殆どが未だ集中していると言っていい。
そして、怪盗紳士一味を初めとするインスペクター達ががせっせと保護したカケラないし核石は一旦、ロンバルディア王立病院へと秘密裏に収容されていた。なので、言い方は悪いが……カケラ産業の観点からしても「宝の山」でしかない研究施設に「裏切り者」が潜り込んでいたのなら。グリード達の努力は一体、何だったと言うのだろう。彼らが同類のために傾けた使命感がもしかしたら、いいように利用されているかも知れないのだから……これ以上、馬鹿げている事もない。




