深きアメジストの悩み(3)
サムがお隣さんのワンちゃんと散歩に出かけた後の香水店で、ヴァンは悶々と孤独に悩んでいた。
ジェームズの話では、ヴァンの確保対象でもあったイノセントが「馬っぽい変な仮面を被った奴」に捕まってしまったらしい。しかも、彼が対峙した不審者は拘束銃の改良版を持っており、現状のアディショナルの防御を無視して見せたのだという。その上……頼みの王子様は二日酔いで動けない状態だというのだから、本当に情けない。
(しかし……まさか、こんなに早くあいつが動くなんて……。いや、違うか。例のブルー・ジョンが引き金になったと考えるべきか……?)
希少なフローライトであるブルー・ジョン、通称・“ファントム”を核石としていた、個体名・クリスティーヌはヴァンが飛び込み参加を余儀なくされた「王様の組織」で作り上げられたカケラだった。
いわゆる愛玩用のカケラの中でも、ヴァンや同僚と同じ技術を用いられて作られた彼女は、開発技術の粋を集めた「最高級品」という触れ込みだったが……性能は今ひとつと評されてもいた。
しかしながら、片や性能重視で「生産」されていた彼女の同期達は、ほぼほぼ「男の子」であったため……同類達の間では、注目の的でもあったらしい。だが彼女は彼らの思惑を他所に、パドゥール・リストに名を連ねるとある貴族の元へ、Poster girl as some star attraction……客寄せの目玉商品として「出荷」されていってしまった。そして……。
(彼女のご熱心なファンの中に、呪いのダイヤモンドがいた……と)
「王様の組織」の主力を担うのは、呪いのダイヤモンドでできた3人のトロッター達。中でも、3番目の駿馬・トライコーンのホープ・ダイヤモンドはクリスティーヌの同期であり、彼女にご執心でもあったらしい。仮で与えられた警察官の立場を利用し、中央街をパトロールしていると見せかけて……彼女を所有していた貴族をほぼ全員狩り尽くしたと言うのだから、彼も相当に凶暴な奴だろうと、ヴァンは会った事もない同僚のディテールにやれやれと首を振る。
(いずれにしても、イノセントちゃんが懐に入った以上……僕はお役御免かな?)
それならそれで、構わない……いや、むしろ好都合か。サムと慎ましく暮らしていく分には、香水店の純粋な売上だけでもなんとかやっていけるだろうし、役目がなければ首輪も外してもらえるかもしれない。
そんなことを考えては気分を上向かせようと、無理やり鼻歌も鳴らしてみるけれど。……ご機嫌を装ったところで、ちっとも気分は晴れないし、わざとらしい気分転換では却って罪悪感も増す一方だ。
(……そう、だよな。このままでいいはず、ないよな……)
愉快な隣人達を、このまま欺いて生きていかなければならないのか? ずっと、酷い悪夢と時限爆弾とを抱えて生きていかなければならないのか?
彼らと仲良くなったのは、あくまで任務のため。そう割り切れれば、どれ程までに楽だろう。だが、それが既に難しいことは、ヴァン自身が誰よりも理解してもいる。
突然与えられた、ロンバルディアでの日常生活。拍子抜けするまでに平穏な日常の中で、ヴァンは意図せず、ラウール達と仲良くなりすぎてしまったのだ。ヴァンが元から面倒見のいい兄貴肌だったのも、非常に良くなかったのだろうが。……それを抜きにしても、ヴァンは彼らを裏切ることができなくなるまでに、ラウール達と素敵なご近所さん同士になってしまっている。そんな彼らを騙し続けるなんて……本当は陽気で温厚なアメトリンのカケラには、もう耐えられそうにない。




