深きアメジストの悩み(2)
「イノセント、大丈夫かな……。心配だね、ジェームズ」
【キュゥゥゥン、ハゥゥ……シュン(ジェームズ、シンパイでムネ……ハりサけそう)】
ラウールの看病で忙しいキャロルの代わりに、散歩のお役目を買って出てくれたのは、ご近所さんの優しい少年。散歩に付き合ってくれと、リード持参でやってきたドーベルマンから一通り事情を聞いた少年……サムも自分のことのように心を痛めては、攫われてしまったお友達の境遇に思いを馳せていた。
「それはそうと、ジェームズ、どうする? ゴーフル……食べるのかな?」
【キャフン! ヒャフ(タべる! ハラがヘっては、ナンとやら)……】
「そ、そう……よく分からないけど、食べるでいいんだね? えぇと……それじゃぁ、おじさん。チーズ乗せを1セット、下さい」
しかして、心配と食欲は別物らしい。いつもの屋台に到着するや否や、心配そうな表情を一転、目を輝かせてサムにゴーフルを買ってくれと、おねだりするジェームズ。彼の勢いに気圧されて、サムはやや気乗りがしないものの……バターたっぷりのゴーフルにチーズもトッピングしてもらえれば。温め直された瞬間に漂う、香ばしい匂いに食欲を刺激されてしまう。
「はいよ、お待たせ。それにしても……そっちのワンちゃんは、イノセントちゃんといつも一緒にいる子かい?」
「えっ? あっ、そうです……イノセント、ちょっと風邪気味みたいで。今朝は僕が代わりに……」
「おや、そうだったのか。だったら……これはイノセントちゃんに持っていきな。あの子は確か……チョコ味が好きだったね」
輪をかけておやつに目がないイノセントは、いつもこの屋台でチョコ味のゴーフルを注文していたらしい。
ゴーフルはロンバルディアでは屋台で売られている焼き菓子で、銅貨1枚で買える程度に気軽なものである。そのため、子供がお小遣いを握りしめて買いに来ることも多く、サムに気前よくお土産をおまけしてくれたおじさんも、普段から相当に子供慣れていると見える。
それはつまり、おじさんは数え切れない子供達相手に商売をしているという事であり……正直なところ、いちいち子供達の顔までは覚えていないだろう。それでなくても、サム達が歩いている目抜き通りは、程よく住宅街と中央街の商業地帯との境という事もあって、いつも人通りが絶えない場所だ。それなのに、おじさんがイノセントを覚えていたということは……。
「そっか、イノセントはとっても目立つものね……」
「まぁ、だろうね。しかも、こんなに綺麗なワンちゃんと一緒だ。目立って、しょうがないさ。いくら、まだ治安の良い場所とは言え……誘拐されやしないか、ヒヤヒヤしてたよ。親御さんにも注意するよう、言っておいて」
「は、はい……。よく、言っておきます……」
常連さんへのサービスを受け取りつつ、折目正しくお礼も言ってみるが。目の前で愛想よく笑っているおじさんに「実は既に誘拐された後なんです」と、言えるはずもなし。そうして、質量以上に重たい気遣いに……ラウールやキャロルにおじさんの伝言をどう伝えれば良いかと、サムは律儀に悩んでしまうのだった。
【作者の言い訳】
作中のゴーフルですが、薄い生地にクリームを挟んだものではなく、ワッフルに近いフランス式のものを想定しています。
フランスでは屋台で売られていることも多く、バター風味のモチっとした食感が特徴のおやつです。
神戸◯月堂さんのゴーフルとは別物ですので、悪しからず。
なお、本来は犬にあげられるものではないと思いますので、真似しないでください。




