深きアメジストの悩み(1)
頭が痛い。割れるように痛い。あぁ、なんて最悪の朝なんだ。
それは何も、不意打ちのおもてなしのせいだけではない。お仕事の首尾はともかく、選りに選って、大切な虎の子が攫われてしまったのだ。最低ラインのフローライト・“ファントム”の確保こそ、達成したとは言え……おまけのお仕事で大失態をしでかしたとなれば、軽はずみに人命救助をしようとしたことが、ただただ悔やまれる。
(ブライアンの方がカケラだったなんて、思いもしませんで……ウプッ……!)
最上級の白ワインによる悪酔いは、止まるところを知らない。悶々と一向に治らない頭痛と吐き気に襲われて、ベッドからグズグズと起きられないまま……布団の中のラウールは、二重の意味で頭を抱えていた。
無論、ラウールとてこんなことをしている場合ではない事くらい、重々分かっている。しかし、アルコール耐性ゼロの彼にとって、香り高すぎるワインは毒にも等しいし、下手な猛毒よりもタチが悪いかも知れない。なにせ……。
(……それこそ、こんな事を考えている場合じゃないのでしょうが……。俺、また昨晩に……変な事を言っていた気がします……)
ラウールは酒に弱いだけではなく、酒癖が非常に悪い。彼の酔いっぷりはいわゆる、「絡み酒」。明らかに無駄かつ、不要なロマンティック気分を自前で盛り上げては、聞くに耐えないキザな睦言を延々と吐き出すのだ。これでは、いくら見た目は完璧とは言え……That would destroy even the most longlasting love、ストレートに100年の恋も冷める。
「ラウールさん、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……キャロル……。そう、だね。そろそろ、起きないと……」
「あっ、無理しないでください。……今回ばかりは、ラウールさんが悪いわけではありませんし……」
しかし、流石に曲者の奥様はようよう、心得ていらっしゃる。今回の摂取は不意打ちだったのだから仕方がないと、限定条件をチラつかせつつ。旦那様の不具合にも理解を示しては、淹れたてのコーヒーときちんと剥かれたリンゴとを差し出してくれる。その上で、優しく背中を摩られれば……ようやく、ラウールの酔いも少しずつ晴れてきた。
「それはそうと、キャロル。……少し、調べ物をお願いしてもいいでしょうか?」
「はい、もちろんです。何を調べてくればいいですか?」
悪酔いを緩和させるカフェインを無事に補給し、努めて冷静に振る舞ってみても。……ラウールの表情ばかりは、未だに晴れない。そして、キャロルも彼の珍しい表情の理由を、そこはかとなく理解してもいた。
「……ミュレット先生の身辺を調べ上げて欲しいのです。と、言うのも……」
「その辺りはジェームズからも聞きました。……ブライアンさんのアパルトマンから、ミュレット先生が出てきたのでしたね」
もちろん、それだけではミュレットの訪問先がブライアンの部屋だったかどうかは定かではない。しかし、ブライアンがカケラ……しかも、呪いのホープ・ダイヤモンドだと判明した以上、彼女の訪問先がブライアンの部屋だった可能性は極めて高い。
「承知しました。そうですね、まずは白髭様に聞いてみることにします。それと……ヴィクトワール様にも報告をしておきますね」
「……うん。そうしてくれると、助かるよ。……本当は白髭の耳にも、ヴィクトワール様の耳にも入れたくなかったけど。今回ばかりはそうも言ってられないし……」
そうして、更に晴れない表情を見せては、深いため息をつくラウール。以前の彼であればイノセントが攫われたところで、一応は助けようとするかも知れないが、こんなにも哀切な顔を見せなかったに違いない。ただ、冷徹に最低限の仕事をこなすだけだっただろうに。
(そうよね。……ラウールさんも、イノセントのことが心配ですよね)
父親もどきの立場も相当に板に着いてきたし、彼女を子供扱いこそすれ、邪険にすることはなくなってきた。その辺りは「意外と子供には懐かれる」らしい、ラウールの特性なのかも知れないが。それでも、我が子を心配する父親心理を疑似体験しているらしい彼の変化に、キャロルはほんの少しだけ、安心してしまうのだった。




