ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(29)
「怪しい人物」というのは、こぞって地下が好きなものらしい。ブライアンを追って再び潜り込んだ地下道で、ハール……もとい、イノセントはやれやれとため息を吐く。
本当に地下は大嫌いだ。嫌いな理由は薄暗いからでもないし、湿っぽいからでもない。彼女が地下を忌み嫌う最大の理由は……鋭利な肌寒さに呼び覚まされる、確かな「孤独」の記憶があるからだ。
かつて自分も捕らえられた時は、ずっとずっと地下で鎖に繋がれたままだった。地下と言えど暗いわけではないし、それどころか、自分を包む空間はいつだって眩しい程に明るかった。だが……その眩さは決して、純潔の彗星が望んだ柔らかな光でもなかったのだ。
人間達が存分に操るのは、天竜人を苦しめた光の悪魔が放つ閃光にも似た、強すぎる光。神の使いさえも恐れぬ研究者達は、イノセントという来訪者を最高の実験材料にして、心臓を削り、鱗を剥がし、彼女の矜持さえも消費していった。そして……いつしか、イノセントは浄化の意義さえも見失って、ただただ人間達への恨みを募らせるだけの存在へと、成り下がっていく。
純潔の彗星の鱗から生み出された宝石人形達の行く末を、イノセントが孤独に案じる一方で、誰1人、彼女自身の弱りきった容体を心配する者はなかった。心臓を2つも奪われ、その身も削り尽くされ、脆弱な姿にされようとも。……彼女を取り巻く人間達は神の使者でさえも「商品」として扱って、命そのものを蔑ろにしてきた。
(だから私はあの時、全てを終わりにしようと……全てを燃やし尽くしてやると、何もかもを諦めたのに)
だが、本人の予想に反して……彼女の煌めきは継続することを望まれ、まだまだ世界で光り輝くことを許された。無論、人間は信用できない。でも、既に存在意義を削られてしまったイノセントに、文明が溢れるこの世界で「ありのままで」生きることは難しかった。きっとそのままの姿でいたのなら、また誰かに捕まって、いいように利用されるのが関の山。だったらば、もう少しだけ「人間達の生活」を見つめてみるのも悪くないと、お人好しなとある人間に絆されて、嫌っていたはずの「人間達の生活」に馴染もうとしてきた。それなのに……。
(悪いのは人間だけじゃない。同じ仲間にあって、利用する側とされる側とに分かれ始めている……)
その最たる例が今しがた、彼女が追いかけているブライアン……おそらく、呪いのホープ・ダイヤモンドを核石としたカケラと思われる存在。……と、そこまで考えて、やっぱり違うと首を振るイノセント。
(いいや、あいつはそんな生易しい相手じゃない。ブライアンの名前が意味するところを考えるに……)
ブライアン。その名が意味するは、「強き者」。最強の宝石であり、絶対王者でもあるダイヤモンドのカケラにまずまず、相応しい名前である。見た目はそんなにパッとしないと、イノセントも最初は思ったものの。それはおそらく、身近に見た目だけは完璧な相手がいたから見劣りしただけに過ぎないと、やれやれと肩を落とす。青い瞳の強すぎる輝きに、大男のアンソニーを軽々と担いで逃げ果せる身体能力を鑑みても、ブライアンも相当レベルのカケラであることは想像に容易い。……おそらく彼もまた、来訪者に近しい存在として作り上げられた相手だろう。
イノセントは遅れながらも……ブライアンの造形に、ある近縁者の面影を確かに見ていた。……完全無欠なるダイヤモンドの来訪者、その名は究極の彗星。
究極の彗星は来訪者の中でも最高硬度を誇る最強の竜神で、強すぎる力を持つが故に、最終手段としての「破滅」の存在意義を持たされていた。だからこそ、彼が目覚めて表舞台に立つことはあってはならないと、他の来訪者達もようよう、肝に銘じていたのだ。彼が世界に羽ばたく時、それは……世界に強制的なリセットが齎される時。天竜人達が遣わした来訪者達の行いが「失敗」だと判断された時に下される、最終審判。それこそが究極の彗星の存在意義そのものだった。




