ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(28)
本当は美しいはずの青なのに。彼の煌めきはあまりに美しすぎて、却って不気味だ。
しかも、非常によろしくないことに、窮地に立たされた「青目」はグリードの性能に関する情報も持っていれば、悪知恵が働く切れ者でもあったらしい。錚々たる面々を前に、ふふッと余裕の息を吐きながら、最後の酔狂と見せかけてワインの瓶を持ち上げて。的確に大泥棒の急所を突いてくる。
「先代の怪盗紳士はワインが好きだって、聞いてたけど。今の怪盗紳士はそうでもないんだって?」
「……えぇ、俺は酒は一切やりませんよ」
「おや。それはどうしてかな? 天下の怪盗紳士が酒に弱いだなんて、格好悪いんじゃないッ⁉︎」
「……⁉︎」
次の瞬間、中身は最高級なはずのワイン瓶が宙を舞う。そうして、見事にグリードの仮面に直撃しては、ガチャンといかにもな音を立てて、酒瓶が粉々に砕け散った。
「グ、グリード様!」
「くっ……! だ、大丈夫……です。と、とにかく……ブライアンを……」
クリムゾンがすかさず駆け寄って、慌てて酒気を払おうとするが。厚手のマントに染み込んだワインは香りも悪戯加減も素敵なことに最高級らしい。間に合わせのハンカチで拭おうとも、リムーブ具合も高が知れているし……何より、アルコールへの耐性がないグリードにしてみれば、軽微な酒気でも残れば命取りだ。
「おやぁ? この程度の量でへべれけだなんて……天下の怪盗紳士が聞いて呆れますね……って、おっと! こいつはモン・ラッシェの中でも、アルコール度数の高い物でした。シャルドネの熟成した味わいに酔いしれるのも、素敵でしょうけど。何せ、30度もあるのだから……飲み慣れない方にはさぞ、強烈だったんじゃないかな?」
「……ウプ……ッ!」
なるほど、この非常識な即効性は有り余る気品と芳香以上に、円熟したアルコール度数の高さによるものか。頭に瓶がクリーンヒットした衝撃よりも、アルコールで陥落するのだから、大泥棒としても情けない限りだが。今のグリードが使い物にならないと見極めると、ブライアンは彼の状態異常に乗じてアンソニーごと逃走の一手に出る。
「それじゃ……ファントムの遺児はもらっていきますね。悪く思わないでください。……俺も仕事なんで」
「ま、待てっ!」
「ふふ。待てと言われて、待つヤツなんか、いませんよ。それにしても……あぁ、あぁ、妬けるねぇ。可愛い奥さんに介抱してもらえるなんて、羨ましい限りだよ」
「クリムゾン、俺のことはいいから……」
ブライアンを追うのです……と、言いかけたところで、いよいよ酔いが回ってしまったらしい。コロリと使命感をも手放して、いつぞやのロマンティックモードをぶり返しながら、グリードがゴロニャンと甘え始めた。
「……クククッ! あぁ、なんて気分がいいのでしょうね……! 君と一緒なら、どこまでも飛んでいけそうな気がしますよ」
「へぇっ? ちょ、ちょっと、グリード様! 今はそんな事を言っている場合じゃ……」
「おや……そうですか? こんなにも魅力的なレディを前にして、それ以外の事を気にする方が野暮ですよ」
【カンゼンにヨってるな、これは。このジョウタイで、ニンムのゾッコウはフカノウだろう……って、アレッ⁉︎ ハールはどこにイった⁉︎」
「えっ⁉︎ もしかして、ブライアン様を追いかけに行っちゃったのかしら……もぅ! だから、グリードさまッ! お願いだから、今は堪えて! もうちょっと……」
いつも通りにシャキッとしてください、と宥めすかしてみても。クリムゾンの叱咤さえも、甘い甘い睦言に履き違えては、グリードは気味の悪い笑いを溢すばかり。そうして、仕方なしに……ボンドに追跡をお願いするついでに、ハールの保護も押し付けては。クリムゾンはクリムゾンでよっこらせと、ワインに陥落したグリードをため息混じりで運ぶしかないのだった。




