ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(25)
さて、どうしようかな。
何かの判断材料を求めるように、ラウールが夜空を見上げれば。予告状にあった満月がなみなみと穏やかな黄金色の吐息を漏らしては、星に負けじと輝いていた。何かを誘うような完璧な円環に絆されて、仕方がないかと首を振る。……何れにしても、地下の怪人の行方を追って後始末はせねばならない。
「……ジェームズ、彼の匂いは追えますね?」
【もちろんだ。……ジェームズのハナをアマくミてもらっては、コマる】
別に甘く見積もっているつもりはないのだけれど。
何故か自信満々でこちらを見つめるライムグリーンの視線に、うちの番犬は使命感も最高なのだからと、満足げに彼の頭を撫でては、キャロルとイノセントを呼ぶように伝える。それでなくても、娘もどきは今夜という日を心待ちにしてもいたのだ。これで、デビルハンターのお仕事はナシですともなれば……保護者抜きで、勝手に飛び出しかねない。
(さて……と。まずは例の地下道を辿る事にしましょうかね。それなりに骨が折れそうですが……ま、ジェームズがいれば、楽勝ですか)
一昨日の遭遇から時間は経過しているとは言え、今のアンソニーはあまりに特殊な状況だ。手酷い火傷と思われる症状に、壊死を含む皮膚の黄変に黒化。しかも、化け物としか思えない見た目なのに、未だにそれらしい目撃情報もない。そのことから、彼はまだ地下に潜伏したままなのだと考えるのが妥当か。
人間としての機能も腐敗させているはずの臭いは、相当に強烈だと判断するべきだろう。そんな特殊な臭いを、優秀なシークハウンドの鼻が追えないはずもなし。彼の尾行はジェームズさえいれば、まずまず余裕で完遂できるに違いない。
***
奴の住まいは、この辺りだろうか。
地下道の迷宮を当てもなく彷徨っていると見せかけて……何気なく連結されていた下水道を歩くアンソニーは、手に入れたばかりの特別仕様の瞳を眇めて、目的地への出口を見上げていた。
懐に入れたままだった手帳に、渋々書き留めてあった覚えたくもない住所。それは「いつでも報酬を届けてくれよ」……と、厚かましい提案ついでに、無用心にもブライアンが居住地をアンソニーに伝えてあったものだった。
大陸最高の栄華を誇るロンバルディアは、上下水道の整備も行き届いている。そして、いつでも適切なメンテナンスができるよう、ご丁寧に下水道のそこかしこに「現在地」を示す番地がきちんと掲示されていた。もちろん、その番地はあくまでメンテナンス用であって、地下の怪人へ宛てた道標ではない。しかし、あるものは利用しなければ損だと……アンソニーはしめしめと舌なめずりをしては、ガサガサに爛れた唇に申し訳程度の湿り気を与える。
もう、自分は元には戻れない。そして、自分こそが「怪人」になってしまった現実に、アンソニーは狂おしいほどに絶望しているはずだった。しかし、絶望感さえも麻痺した脳裏に浮かぶのは、ただただ、自分の障害になり得る相手を駆逐することのみ。
今の自分であれば、なんでもできる。今の自分であれば、どんな相手にも負けない。そして……今の自分であれば、どんな物も手に入れられるに違いない。今度からアンソニーではなく「ファントム」と名乗るのも悪くないと、左右で色の違う瞳を輝かせては……まずは、手始めに憎たらしい共犯者を地下道に引き摺り込んでやろうと、アンソニーは目論む。
相手はどうせ、つまらない男に違いない。怠惰で、欲深で、遊ぶことしか考えてない、愚か者。しかも、非常に都合がいいことに、彼は「仕事を辞めている」。独り身だとも言っていたし、彼1人がいなくなったところで、血眼になって探す者もないに違いない。そして、彼を始末した後は……。
「怪人は2人もいらない。私1人で十分だ。ふっ……ふふふ……アッハハハハハ! 私こそが、ロンバルディアの影の帝王! 私こそが……」
はて、果たして……何だと言うのだろう?
怪人に帝王。名乗る分にはまぁまぁ、それなりにヒロイズムに浸れる二つ名には違いない。しかし、今のアンソニーに相応しい名乗り口上はいずれでもないのは、本人も痛いほどに分かっている。今の彼は紛れもない、落ち延びただけの化け物。理不尽に虐め抜かれたブルー・ジョンの恨みを、運悪く引き継いでしまった惨めな化け物でしかない。




