ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(24)
(何か、裏がありそうですね……特に、ミュレット先生の方に)
日常的に開店休業のアンティークショップのカウンターで、悶々と今朝の邂逅について考えるラウール。相手は白髭の片腕にして、ヴランヴェルトアカデミアの敏腕副学園長。ラウールが彼女の教え子なら、彼の継父もまた彼女の教え子である。
なんでも、ミュレットはブランネルが即位した際に、ロンバルディアに差し出された「捕虜」のうちの1人だったらしい。しかし、ブランネルは「捕虜」という彼女達の扱いに難色を示し、ヴェーラ共々、騎士団長に据えたばかりのヴィクトワールに彼女達を預ける事にしたそうな。
(だけど、ヴェーラ先生は騎士団ではなく医療機関へ、そして……ミュレット先生は教育機関へ。道は違うけれど、彼女達はカケラの将来を導く事を選んだ……)
だが、ミュレットの半生は秘密のヴェールに包まれたまま。スペクトロライトのカケラであるという以外は、性質量も生まれた年代も不明とされているし、本人も「分からない」ということになっている。
同じように「捕虜」として引き渡されたヴェーラは旧・シェルドゥラで海戦用として作られたカケラだったという事は分かっているし、彼女が軍への所属を嫌がったのも、生み出された経緯と付随するトラウマが尾を引いていたせいだ。そんな彼女相手に、ブランネルはヴェーラに対して軍に身を置くことも、武器を手に取ることも強要する事はなかった。きっと、あまりに柔和で腑抜けた処遇はヴェーラにとって、意外でありながらも幸運な事であったに違いない。そして、それはミュレットも同じだったのではないかとラウールは考える。
カケラにとって不安を強要されることは、寿命を縮められることに等しい。核石の侵食が早まるということは、自我を食い荒らされることを意味する。特に女性のカケラだった場合、それはそのまま致命傷になりかねない。彼女達には、核石に近しい鉱物を取り込むことでの逆戻りは許されていないのだ。とは言え……。
(男性のカケラも厳密には逆戻りは許されていませんけどね。どんなに望もうとも、元の姿に戻る事なんぞ、できやしないのです。……そうなったらば、人としての理性を捨てて、化け物として生き延びる道しか残されていません)
しかして、人間達はその「化け物」になるのを望んでいる。永遠の美しい命を、思い通りにならないこの身の上に。言葉だけを聞きかじれば、これ程までに素晴らしい事はないのかもしれない。理想の姿で人生を謳歌することは、多くの人々にとっての渇望でもあるだろう。
だが、彼らは知らないのだ。その永遠の美しさには、果てしない代償が伴うことを。自身が化け物に成り果てて「人間を捨てる」という現実と、その現実の足元には夥しい犠牲の骸が転がっていることに……いつだって、彼らは気付こうともしないのだ。
***
薄暗い地下道は歩けば歩く程、入り組んでいて、化け物の好奇心を余すことなく刺激し続ける。逃げ込んだ暗闇の中で、アンソニーは地下道が本宅と別邸とを繋いでいるだけではない事に気づいて、広大な地下迷宮を彷徨っていた。
アンソニーも宝石人形の存在自体は知ってはいたし、アリシーが嗜好品として買い求めた宝石人形が地下牢に捕らえられていたのも、調べてもいたが。彼はあくまで、アリシーが「顧客側」だった事までしか知り得ていない。だが、アリシー自身ではなくアルキア家は顧客側の顔とは別に、販売者側の顔も持ち合わせていた。
強制的に強烈な絶望感を植え付ける、独房での生活。アルキア家は表向きは芸術一家として知られているが、その実は宝石人形の売買で財を成した「奴隷商人」でもあった。アリシーはオペラ歌手として大成し、あまり深入りしていなかった事もあって難を逃れていたが……アリシー以外の一族は皆、不自然な事故死を遂げており、既にこの世にはない。それが口封じであることは、当事者達はよくよく心得ていた事だろう。
Beware of dark nights……月のない夜に、ご用心。しかし、いくら気をつけていたとて、相手が百戦錬磨の狩人だったなら、どうだろう。宝石人形を商品として扱いこそすれ、彼らの性能を理解していなかった商人達など……恨みを溜め込んだ同類にしてみれば、屠るのも、嬲るのも容易いに違いない。
だが、アリシーは不自然な滅亡に不安も不審も抱かないまま、あろうことか、一度売りに出したはずのクリスティーヌを買い戻すという行為に走った。クリスティーヌは非常に珍しい「オッドアイ」の貴重なカケラである。オーダー品として作られた彼女にアルキア家は徹底した教育を施しており、ご主人様への絶対服従の姿勢を刷り込んでいた。それでもクリスティーヌは売られた先では、アルキア家のそれよりはまだマシな扱いを受けていたのだが……アリシーは愛しい姪っ子のポーラと仲が良かったクリスティーヌに固執していた。結果、オペラ歌手として財を成したアリシーはたった1人残ったアルキア家の当主として、「最上級の教育を施されたメイド」を強引に連れ戻したのだ。
この地下牢を前にして、その後の顛末を執拗に説明する必要はもうないだろう。アンソニーが知っているのは、アリシーがクリスティーヌを買ったというところまで。彼にはこの広大な地下道で、「本当は何が行われていたのか」は知る術もないことだった。




