銀河のラピスラズリ(16)
左胸で確かに輝きながら……褐色の肌を蹂躙する、青い無数の鱗。そうしてルトがいよいよ咆哮を上げ始めると、その鱗が無慈悲に皮膚を貫き、心臓に根を下ろし……彼の体そのものを支配し始める。目の前で起こっている変質に、苦々しい思いをしながら……彼の限界が近かったらしい事も理解するグリード。どうやら、最後の力を振り絞り、ルトはグリードを道連れにするつもりのようだ。
【……憎たらしい、怪盗……! そう言エば……おマエはラピス……ラズリが……ドンナ宝石か、シッテいるカ?】
「えぇ、よく存じてますよ。蛇の猛毒さえも御す程の解毒・浄化作用を持つとされ……“その身に銀河を宿す”という触れ込みで、太古より珍重されてきた聖石ですね。実際の主成分はラズライト……その他、アウィンやソーダライトなどを含みますが、表面にパイライトを纏ったものは、本当に……星の瞬きを連想させるようで、殊に美しい」
グリードがさも本心とそんな事を嘯いている間にも、ルトの変貌は止まらない。彼は飾り石の中でも、体内に複数の核石を包括した試験体……元は宝石の完成品を目指していたが、適性が足りずに途中で放り出された捨て石だったのだろう。……おそらく、商品価値のある姉の付随品を有効活用するために試行錯誤した結果だろうが。初めから性質量の大半を片割れが持っていっている時点で、それは果てしなく無謀な事だったのだ。だから……。
(用済みの彼は、この寺院に信者の頭数にでもすればと……出荷されたのでしょうかね。なんて……なんて、愚かな事でしょう……!)
そんな飲み込み切れない痛みが、いよいよ喉元に上がってくる頃には……言葉さえも失くした銀色の怪物が、ひび割れた青い瞳でこちらを睨んでいる。その額には頭を貫いて生えてきたかのように天を仰ぐ、紺碧色の角が1本高らかに聳えていて……それは湖の上に鎮座するあの祭壇と全く同じ、どこまでも深い夜空色をしていた。
【ヴァルルルルル……ッ!】
(とうとう、核石に飲み込まれてしまいましたか。……いずれ俺もこうなるんでしょうかね……)
異常なまでに膨張した拳を振り回し、グリードに襲いかかる銀の怪物。その姿はまるで湖底に沈むあの巨人のミニチュアだと……身につまされる思いをしながら、幾度となく攻撃を躱すが……しかし、この状態では落ち着かせるにも、もう手遅れだろう。こうなってしまったらば、最後。残る手段は……物理的に粉砕するより、他にない。
「仕方ありません。……こればかりは使いたくありませんでしたが、少々こちらも本気を出さないといけなさそうですね……!」
そう言いながら、マスクに嵌めていたライトニング・クォーツの片牙を、グローブを外した左手で握りしめるグリード。歪な刺に確かな痛みを感じながら、血も流せないままに水晶片を取り込むと……手に一振りの水晶の剣を携える。
(これが砕けるまでに、勝負を決めなければいけませんが……あの白銀相手では、数回が限界でしょうね。さて。彼の弱点はどこでしょう……?)
ツノか、心臓か……あるいは……。しかし、理性さえ失った怪物相手に、あまり悠長なこともしていられない。つくづく今回は防御を捨ててきた事が仇になった気がするが……それでも。目の前の因果は、どこまでも自分のものでもあるだろう。だとすれば、何がなんでも引導は渡してやらねばならない。




