ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(20)
「CLOSE」のプレートが掛かっているアンティークショップのドアをコンコンと叩けば。モーリスを誰かと勘違いしたらしいイノセントが、勢いよく出迎えてくれる。しかし、知った顔ではあるものの、お目当ての相手ではないと分かった瞬間に顔を曇らせるのだから……モーリスはただただ、苦笑いするしかない。
「……なんだ、モーリスか。ラウールなら、まだ帰ってきてないぞ」
「おや、そうだったの。う〜ん……どうしようかな。色々と話したいことがあったから、寄ったんだけど……。しかも、クレームブリュレも買ってきちゃったし……」
「ク、クレームブリュレ⁉︎ どうして、それを先に言わないんだ! クフフフ……今夜のハール君鑑賞は、とっても豪華になりそうなのだ〜」
差し入れの存在に気づくや否や、大急ぎで階段を駆け上がるイノセント。そうして、置き去りにされる格好になったモーリスも、かつての我が家に足を踏み入れるが。相変わらず、古めかしい空気は変わらないと、夕暮れ時のノスタルジーも相まってしんみりした気分になってしまう。
【モーリスじゃないか。……こんなジカンに、どうしたんだ?】
「うん、この間の鑑識結果が出たから、伝えようと思って。それに……色々と気になることもあってね。お邪魔して大丈夫そうかな?」
【タブン、ダイジョウブ。ただ……】
「ただ?」
【メクラディはちょっとしたイベントがあるヒでな。デビルハンター・ハールクンのアニメをおトナリさんとミることになっている】
続くジェームズの説明によると。メクラディは娘もどきが夢中になっているトーキーアニメ「ズバッとお仕置き!デビルハンター・ハール君」の放映時間に合わせて、同類のご近所さんでもあるアメトリンのカケラ・ヴァンと、スペクトロライトのカケラ・サムとがお土産持参で遊びに来るのだという。そして……。
【メクラディはごチソウのヒでもあるんだ。ほら、ラウールのコノみに合わせていたら、シッソなショクジしかデてこないだろ? だから、イノセントがワガママをイいダしてな。キャロルがメクラディには、ゴウカなショクジをツクってくれるコトになったんだ。で、キャロルはキッチンでオオイソガし、というワケだ】
「そうだったんだ。あぁ……だとすると、今日の長居は迷惑かな。ラウールも帰ってきていないみたいだし……」
そうしてお土産の袋だけを託そうとしてくるモーリスを、ジェームズがイヤイヤと首を振っては、引き止める。それでなくても、ラウールもモーリスが持ってくるであろう情報を待っていたことを、賢い番犬はよく知っている。ここで土産だけ受け取って帰したら、お小言はないにしても、嫌味を言われるかもしれない。
【ベツにメイワクじゃないだろうし、ラウールもそろそろカエってくるとオモう。スコし、マっていたらどうだ? それに……ソーニャをこっちにヨぶのも、いいとオモうが】
「あぁ、それもそうか。……だったら、うん。電話、借りようかな。ソーニャもいれば、キャロルちゃんのお手伝いもしてもらえるかも知れないし」
【テツダいはいらないとオモう。……あれで、ラウールはキャロルにはエンリョしててな。カジをゼンブオしツけるの、ヨくないとオモっている。……だからおテツダい、トりアげないホウがいい」
「そ、そうなんだ……。あのラウールが、誰かに遠慮するなんて。それ、間違いじゃないよね?」
【……ラウール、キャロルにだけはキラわれたくない。だから、エンリョするし、キヅカいもそれなりにできるっぽい。……アイカわらず、エガオはブキミだけどな】
とにかく、2階に上がれよ……と、テテテッと4本足で軽やかに階段を駆け上がるジェームズを見送っては、カウンター内の受話器を取るモーリスだったが。考えれば……この家に2人暮らしだった時から炊事に洗濯、掃除に至るまで、家事はラウールがこなしていたかもと、今更になって反省してしまう。それに、今回ばかりはラウールを見習わなければならないと気付いて、モーリスは勝手な提案をしたことを恥じていた。
(そう、だよね……。仕事をしているからって、家事を押し付けていい訳じゃないんだよなぁ……。今度、僕もトイレ掃除くらいはしてみようかな……)
さも当然のように、ソーニャにキャロルの手伝いをさせればいいだなんて、言ってみたけれど。それは、タダの思い上がりじゃないか。
確かにソーニャにやってもらった方が何かと効率的だし、表向きは元・王宮付きのメイドだけあって、彼女は家事一般の所作もパーフェクト。下手に手を出せば、却って邪魔になってしまうかも知れない。それでも……。
(うん、こういうのは……やってみるのが、大事なんだよな。とにかく……)
明日から、家の事にももうちょっと目を向けようかな。
そうしてこちらはこちらで、家族を呼び寄せようと……モーリスはやっぱり懐かしい電話のダイヤルを、ジーコジーコと回すのだった。




