ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(17)
怪盗に手元の特殊な道具の存在を指摘され。アンソニーはいよいよ、自分が追い詰められていることを悟る。
最初に感じた激しい痛みが鎮まるのと同時に、得体の知れない力も湧いてくるのも感じてみるものの。状況を見つめれば見つめる程、5体1の形勢が不利なのは、よくよく確認し直すまでもない。
「違う! これは、そうじゃない! 私はポーラではなく……」
そうして、言い訳ついでにブライアンを……と吐き出しかけたところで、自分の罪状も最悪なことにも気付かされるアンソニー。なぜなら、彼は既に手元の特殊道具でアリシーを手にかけている。怪盗紳士がどこまで嗅ぎつけているのかは、不透明なままだが。「ターゲットを頂くついでに、持ち主の身包みを剥がすのがとっても好きなのです」……と言っていた以上、彼は間違いなくアンソニーに疑いの目を向けている。
そんな正義の味方を気取っているつもりらしい、泥棒一味全員(1匹、変なのがいるが)がこちらを睨んでいるのに、身が竦むアンソニー。特に……何がそんなに気に食わないのかは、知らないが。殊、グリードは相変わらず、アンソニーにあの窓の外の恐怖心を呼び起こさせる威圧感を放ち続けている。
「ほぅ? では、誰を襲うつもりだったのでしょうかね?」
「そ、それは……」
怪盗の詰るような指摘に、不自然に言葉を飲み込んで……アンソニーは尚も逃げ道を模索する。そうして、今の自分なら早く走れそうだと錯覚しては、抵抗することも諦め、まずは屋根裏部屋から逃げ出した。
「あっ! 待て、この……うん? あいつの事は……なんて、呼べばいいんだろうな? 化け物……は違う気がする」
「……今、それを気にしている場合ではない気がしますが……。まぁ、彼を追うのは後にしましょう。この子をしっかりと鎮める方が先です。こんな状態で放っておくわけにもいきませんし……仕方ありません。予定とは大幅に異なりますが、この辺で引き上げさせてもらいましょうか。……クリムゾン」
「かしこまりました。ファントムは私が預かりますわ。ミセス・グレイソンも、よろしいでしょうか?」
「は、はい……。だけど、アンソニーはあのままで大丈夫なのでしょうか……」
仮初の夫婦だったとは言え、ポーラはアンソニーが心配らしい。本人はあまり気づいていないようだったが、彼の面影は既に呪いがしっかりと刻まれている上に、床に残された血痕の量からしても相当に出血している。しかし、彼の方は心配ないだろうと、ハールが諦めた様子で首を振る。
「運悪く、あいつはしぶとく生き延びられるだろう。あぁなったら、人間を捨てることにはなるだろうが、怪物として命を繋ぐ道は残ってる。そして……グリード。あいつの悪魔祓い、当然するんだよな?」
「……そうなりますかね。ですけど、今夜は時間切れです。どうせ、逃げた先はあの扉の先なのでしょうから……ふむ。ここはミセス・グレイソンを守る意味で、塞いでおきましょうか。……よろしいですか?」
「え、えぇ……。ですけど……やっぱり、アンソニーが気がかりです。それに、扉って……?」
「……そちらに関しては、この子を預かる以上、ある程度説明した方がいいでしょうかね。とは言え……」
「そうですわね。……ミセス・グレイソンを思って歌っている時点で、ファントムはきっと、あなた様の顔見知りだと思いますわ」
示し合わせたように目配せしながら、頷き合うグリードとクリムゾン。そうして、説明係を買って出たらしいグリードが、ポーラに静かに質問を投げ始めた。
「……ミセス・グレイソン。まず始めに、あなたは宝石人形という存在をご存知ですか?」
「宝石人形……? えぇと……あぁ、そうだ。確か、アリシー叔母様が1度だけ紹介してくださったことがあったような。……ただ、私自身はあまり、彼女の扱いにはいい印象がなくて……」
「それで結構ですよ。……その感覚は紛れもなく、あなたが正常な証拠でしょうから。で? ……彼女の事は、どんな風に紹介されました?」
「アルキア家の召使いだって、言われていました。それで、名前は……そう。確か、クリスティーヌ。金髪に、黄色と青のオッドアイで……私、とっても綺麗な子だなって、最初は純粋に感動したのを覚えています。だけど……」
言葉を澱ませながらも、ポーラは粛々と幼い頃に出会った「クリスティーヌ」について語り出す。
周りの人々は、彼女を人間として扱う事はなかった。美しいだけの、生き人形。生きているだけで、人間ではない、消耗品。だから、奴隷や召使いとして使ってもいいのだと、親戚中からぞんざいな扱いを受けていたクリスティーヌの境遇に……ポーラは1人、心を痛めに痛めていた。
「当時の私は子供でしたから、彼女を本当の意味で自由にしてやる事はできませんでした。だけど……せめて、少しくらい慰めてあげられればと思って。買い物に付いてきてとお願いしては、連れ出して……目一杯甘いものを食べたっけ」
きっと、楽しかった事も思い出したのだろう。ポーラが嬉しそうにクスクスと笑っては……最後に、悲しそうにため息を吐く。
「クリスティーヌ……私と一緒にいる時は、とっても嬉しそうに笑っていたんです。その笑顔に彼女が生きているだけだなんて、とても思えなくて。でも……」
しかし、ポーラは両親の仕事の関係でミリュヴィラからスコルティアのフォンブルへ引っ越さなければならなくなった。結局、ポーラとクリスティーヌの友情が続いたのは、彼女がミリュヴィラに滞在していた2年程だったという。
「そうでしたか。……たった2年かも知れませんが、クリスティーヌにとって、あなたと過ごした時間はかけがえのないものだったのでしょう。だから、あなたの代わりにアリシー様の趣味嗜好にも付き合い切ったのでしょうし、命が尽きても尚、あなたが心配で仕方なくて泣いていたのです」
「それ、どういう意味ですの?」
「……宝石人形は核石と呼ばれる、心臓代わりの鉱石を胸に抱いています。しかし、彼女達はあなたの言う通り……感情もあれば、愛憎の念もある、確かに生きている存在です。だから……死に際に心残りがあると、こうして命の代償として、置き土産を残すんですよ。そして、アルキア家は秘密の扉の向こうで、クリスティーヌを始めとする宝石人形の売買と……置き土産の生産で財を成していたのです」
「そ、それじゃぁ、この宝石は……!」
「えぇ。このフローライト……通称・ファントムはクリスティーヌの核石、つまり心臓だった宝石です。この状態で残された宝石はきちんと慰めてやらないと、悪さをするものでしてね。……怒りや苦しみを受ければ受けただけ、仕返しをしようと呪いを撒き散らすのです。ですから、俺達はそういう宝石を攫っては、きちんと清めてやるのですよ」
それが泥棒めの仕事でして……と、最後に意味ありげな微笑みを残しつつ。グリードはどうやら、白み始めた空の向こうに焦り出しているらしい。そうして、グリードが撤収命令を出すと、鮮やかに家族揃って泥棒一味が窓の外へ掻き消えていく。
まるで夢のようでありながら、確かな現実。本当の意味で1人、取り残されてしまったポーラだが。かつて、アリシーに向けられていた視線の意味も思い出しては……この屋敷から出ていくべきは自分もだろうと、ひっそりと決意するのだった。




