ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(16)
フローライト、またの名を蛍石。名前通りの頼りない発光に、薄幸の憂き目を乗せて見せろと……罪もないのに、火刑に処せられる理不尽さと言ったら。冤罪もいいところだと、様子を見守る泥棒一味は彼女の心痛如何ばかりたるやと、呆れるより他にない。
ちっぽけなオイルライターで火炙りにされ、儚く煌めく姿はまるで命そのものを燃やしているよう。たとえその炎を浴びせられる罪状が、どうしようもなく理不尽で、無意味なものだったとしても。彼女は煌々と輝いて、最期の歌を紡ぎ始める。
「う、歌った……! これが、ファントムの歌声……! なんて、素晴らしい!」
「アンソニー、もう……いいでしょう? この子が歌うと分かった時点で、私が正しいことが証明されたのですから。苦しんでいるみたいですし、火を離してあげてください」
澄み切って悲しい歌声に、興奮するアンソニーを制して、ポーラが居た堪れないとガス燈の扉を閉じようとするが。そんな惜しいことはできるかと、ポーラの手を振り払って尚も火炙りを敢行するアンソニー。しかし……。
(……グリード、マズいぞ。これ以上、あいつに熱を与えれば……)
(えぇ。最終段階、秒読み前……でしょうかね。ここで砕けられたら、2人とも巻き添えを食う事になる)
であれば、大惨事が起こる前に止めなければ。
カケラの心臓でもあった核石には、呪いをきちんと清めてやらなければ、散り際にお仲間を無作為に作り出す悪癖がある。それでなくても、フローライトは熱せられれば、爆ぜることもある宝石だ。そんな悪条件2つも抱えたファントムにこれ以上の火を与えるのは、自殺行為にも等しい。しかし……。
「うわっ⁉︎ な、なんだ……?」
グリード達が危機感を募らせている側から、ファントムが狙い澄ましたようにアンソニーの首元へ大粒の礫を飛ばす。そうして着弾した破片はアンソニーの首元を締め上げるように、首回りを蹂躙し始めたかと思えば、クッキリと1つの輪をグルリと作り上げて、彼の内部へ潜り込んでいった。
「や、やめろ! 私の中に……」
「……無駄ですよ。そうなったらば、最後。あなたの末路はファントムに呪い殺されるより、他にありません」
「きっ、貴様は……! それに、今のはどういう意味だ⁉︎」
よっこらせと、家族総出で仕方なしにグリード一味も屋根裏へ侵入するものの。ポタポタと血液が溢れる首元を抑えながら、彼らの不法侵入にアンソニーが憤怒の形相を見せ始める。しかし、彼の怒りを嘲笑うかのように首元に刻まれていた火傷痕がアンソニーの顔へと蠢きながら広がっていった。
……罪人はお前の方だ。だから怒るべきは、お前ではない。
痛烈な輝きと共に、怨嗟の歌声を乗せて……ファントムだった礫は、無遠慮にアンソニーをジワジワと侵食していく。
「ア、アンソニーは一体、どうなるのですか? これではまるで……」
怪人・ファントムそのものだと、ポーラはその場でよろめく。鼻は焼け落ち、唇は爛れ、火傷痕は皮膚が壊死して黄色みかかっている。その様子に、アンソニーの火傷が重症であると同時に、ファントムの恨みも相当に深いことを理解するグリード。
火傷痕が黄変や黒化している場合は、Ⅲ度熱傷まで進行している可能性が高い……要するに、皮下組織まで火傷に脅かされ、神経の感覚さえも奪われている状態であることを示している。こうなると、既に痛みは感じないだろうが……すぐに適切な処置をしない限り、完治も難しい。
あまりに悍ましいアンソニーの変貌に、いよいよクラリと目眩を起こすポーラ。そんな彼女の背中をクリムゾンが支えたところで、か弱いレディ達を庇うように、グリードがアンソニーの前へ立ち塞がっては、怪物を牽制するように睨みつける。
「……ファントムはあなたを取り殺すつもりなんですよ。折角、アリシー様から自由になったのに……今度は守りたい相手を脅かす男の手に渡ったのだから。彼女はさぞ、歯痒い思いをしてきた事でしょう」
「な、何を言っているんだ……? 私が、ポーラに何をしたと……?」
「おや。お心当たりがないとは、言わせませんよ? ミセス・グレイソンに意味のない精神病の治療を受けさせて、彼女を洗脳していましたよね? それに……その手にある投げ縄で、何をされようとしていたのです。まさか、ミセス・グレイソンも亡き者にするおつもりでしたか……?」
そう、アリシー・アルキアと同じように。この屋敷で、首を締め上げるつもりだったのでしょう?
別宅の玄関で無駄な鮮やかさを添えていた絨毯は、本来はあの怪しげな扉の上に敷かれていたものだったのだろう。そして、アリシーが亡くなったのは、その絨毯の上……つまり、こちらの屋敷こそが本当の殺人現場だったのだ。




