ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(13)
お目当ての武器も手元に戻したし、少しばかり憂鬱だが、このまま自宅に帰るとするか。
そんな事を考えながら、手元のオイルライターを頼りに地下道を歩くアンソニー。本来であれば不気味なはずの地下牢の列さえ、物ともせず。通い慣れた石畳にコツコツと靴音を響かせながら歩く。そうして、いよいよ目的の乗り物を見つけると、ニヤリとほくそ笑んでは、ボイラーを蒸すついでにオイルライターをカチンと閉じる。
アンソニーが難なくアリシーの遺体を移動できた理由。それは、この地下通路がアリシーの自宅と仕事用の邸宅とを繋ぐ、約1・5キロ程の小径で繋がっているからだった。
この道は元々、アルキア家が宝石人形の取引に使っていた連絡経路で、やや長めの距離を移動するのに、生前のアリシーは蒸気自動車を活用していた。そして、アンソニーも彼女に倣い、移動手段ごとまんまと利用した格好である。
「……さて、と。やれやれ……本当に今日も疲れたな。まぁ、どうせ、ポーラは眠っているだろうし……」
今夜こそはファントムの歌声が聞けるといいのだが。
そんな事をぼんやりと考えながら、ポケットに仕舞い込んだオイルライターの滑らかな金属の肌を確かめる。
女流鑑定士の話では、フローライトの一種であるファントムは、熱すれば光を帯びる可能性が高いそうだった。彼女には「無理やり光らせるのはオススメしません」と言われたものの。そこまでのヒントを与えられたら、やってみたくなるのは人のサガというもの。これを「試すな」は無理だろう。
***
【……クリムゾン。イッタン、テッシュウしたホウがヨさそうだ】
「えっ? どうしてですか、ボンド」
【このシタからクルマのオトがする。……タブン、ダレかクルぞ】
泥棒一味がベロリとラグを剥がして、床をマジマジと拝見すれば。リネンの下から顔を覗かせたのは、怪しげなダイヤルキーのついた、いかにもな扉だった。しかも、解錠テクニックもそれなりにあるはずのクリムゾンの手際でさえも、頑固に応じないのを見る限り、相当に特殊な錠前らしい。そうして、床の上で四苦八苦している間に……何と、その扉の向こうから誰かがやってくるとボンドが言うものだから、顔を見合わせては慌ててラグを戻して、カーテンの影に隠れるクリムゾン達。しかし……。
(……これ、見つからないかな?)
(……今はとにかく、見つからないことを祈るのみです……。見つかったら、その時は逃げますよ)
【(シッ! ……どうやら、おデましみたいだぞ)】
ボンドの警告に息を殺す一方で、三者三様に耳を澄ますクリムゾン達。そうして、カーテンの隙間から瞳を覗かせている彼女達が固唾を飲んで緊張しているのも、知らずに……事もなげに扉ごとラグをひっくり返して這い出てきたのは、本来であれば堂々と帰宅も許されるはずのアンソニーその人だった。
「……うむ? ソファはこの位置だったかな?」
(……!)
帰ってくるなり、予想外の言葉を漏らす家主。意外と鋭いアンソニーの独り言に、片やクリムゾン達は冷や汗が止まらない。動かした距離はそこまでではないはずなのに、異変にすぐに気づくのは、家主の直感というものらしい。尚も、クリムゾン達を縮み上がらせる行動に出るアンソニー。
「まさか……誰か、来たのか……?」
(うわっ! あいつ、こっち見たぞ!)
(ちょ、ちょっと! どうしましょう! こっちに来ないでください……!)
これは万事休すか……!
2人と1匹とで身を寄せ合い、いよいよ緊張も絶頂と体を硬くしていると。クリムゾン達の窮地を救うかのように、颯爽と窓の外を横切る者がある。そうして、窓の外から彼も家主がご帰宅されたのに気づいたのだろう。さも面白いとばかりに、影の主が意味ありげな事を嘯く。
「おんや? いかがしましょうかねぇ。ククク……ま、今夜は予告状、出していませんし。ここらで撤収しますかね」
「お、追えッ! しょっちに行ったぞ!」
「待てっ、ぎゅりーどぉ! こんにゃこそは……」
アンソニーが窓の外を確認しようと、カーテンに手を掛けたのも束の間。窓の外からは覗くまでもなく、それはそれは楽しそうな追いかけっこの喧騒が通り過ぎていく。そのあまりに頼もしい彼らのやり取りに、既のところでアンソニーの手と歩みがピタリと止まった。
「アッハハハハ! これだから、警察の皆さんは愉快だなぁ! ほらほら、どうしたのです! そんなヘベレケ状態では、泥棒めの逃げ足には追いつけませんよ?」
「しょ、しょんなことは、ないじょ〜!」
「キュるま! キュルマで……」
「……飲酒運転は、取り締まりの対象ではなかったのですかね? クククク……! ま、あなた達がブタバコに放り込まれるのを拝見するのも、一興ですか?」
明らかなる挑発と、確かなる合図。そうしてわざわざ窓の前へ戻ってきては、アンソニーに射抜くような紫色の熱視線をくれてやるグリード。一方で、彼の視線に思わず寒気を覚えては……アンソニーは思わず、後退りをする。
「……あぁ、ご心配なく。今夜は予告の日ではありませんから。あなたの悪事を暴くのは、満月の夜に仕切り直しといたしましょ」
「な、何を言って……! 私にかかれば、お前なんぞ……!」
「怖くない、とでも? おやおや。あなた様は怪人の本当の怖さをご存知ないようだ。一応、申し上げておきますが。この泥棒めはターゲットを頂くついでに、持ち主の身包みを剥がすのがとっても好きなのです。……ククク。その調子で、いつまで強がっていられますかねぇ?」
口元は弓形、目元は鋭利。形相は虎のマスクに相応しく、獲物を狩る捕食者のよう。得てして、笑顔は楽しい追いかけっこをしでかした悪戯猫のそれではなく、どこまでも凶暴な猛虎が牙を剥く狂気そのものだった。
半月を背に睨みを利かせる、そんな泥棒のディテールを見つめれば、見つめる程。窓1枚程度の隔たりでは到底安心できぬと、堪らず家の中へ逃げ込むアンソニー。そうして、尻尾を巻いて逃げた獲物が去った後で……ひっそりと家族を連れ出すと同時に、美味そうな獲物にシメシメと舌なめずりをするグリードだった。




