ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(10)
「お帰りなさい。ラウールさんの方はどうでした?」
「うん。ジェームズのお陰で、怪しげな部分を見つけられました。それで……」
モーリス仕様から通常仕様に戻っては、キャロルが淹れてくれたコーヒーに顔を綻ばせるラウール。安らぎの一息を入れた後に、まずはこちらからと現場検証の結果を報告するが……。
「ジェームズが見つけた血痕の鑑識はお願いしてありますので、近いうちに兄さんから連絡があるでしょう。しかし……」
「え、えぇ……。もしかしたら、その絨毯は私達がお邪魔したお屋敷に敷かれていたものかもしれません」
「そう。やっぱり、あの絨毯は玄関に敷かれる代物じゃなかったって事ですね。だとすると……」
「あっ、そうだ。実はカーテンのタッセルに妙なシミがあったので、1本失敬してきたのです。……ジェームズ、お願いできる?」
【カマわないが……。キャロル、ますますドロボウっぽくなってきたな……】
泥棒っぽくではなく、泥棒ですもの。
ジェームズのあまりよろしくない向きの指摘さえも、どこか嬉しそうに受け流しながら、キャロルがピラリとジェームズの鼻先に手がかりをぶら下げる。そうされて、自慢の鼻をフンフン鳴らしていたかと思うと……ジェームズがある意味で予想通りの鑑定結果を告げる。
【……マチガいない。これは、あのジュウタンにシみツいていたのと、オナじチのニオイだ】
「やはり、そうなりますか。なるほど。犯行現場はアリシーさんの仕事用の邸宅と見せかけて……実際にはアンソニー様が住んでいる邸宅の方になりそうでしょうかね?」
「あのね、ラウールさん」
「うん?」
「……あちらのお屋敷にはまだ、怪しい部分があると思います。それこそ、絨毯の下とか……」
キャロルの話では、アンソニー宅には季節外れのラグが敷かれていたそうだが……日焼け跡をフォローできていないのを見る限り、場違いな絨毯でも敷かなければならない事情があったのではないか、という事らしい。
「確かに……。日焼け跡を晒している時点で、わざわざリネンを敷く意味はないですよね」
「えぇ。中途半端なラグを敷くくらいなら、いっそのことない方がいいと思います。或いは、新しく絨毯を新調した方がいいかと……」
だけど、アンソニーはそのいずれも採択することもなく、明らかに場違いなラグを間に合わせて敷いている。それは要するに、新しい絨毯の準備を待てないほどに、とりあえずは何かを敷かなければならない事情があったのだろう。
「よし。そういうことでしたら……」
「今夜はアンソニー様宅へ、調査に出かけることになりそうですか?」
「そうなりますかね。しかし……」
先程から、イヤに大人しいと思っていたが。泥棒カップルを前のめりで見つめているイノセントが、そのお題を聞き逃すはずもなく。そうして、こちらはこちらで予想通りの提案をふっかけてくる。
「今夜は私も参上するぞ! ほら、例のファントムがなんて言っているのか、分かるかも知れないし!」
「……本当に? イノセントにそんな性能、ありましたっけ?」
「知らん! だけど、できる気がする」
できる気がするの一言だけで、お子様連れのお仕事はご勘弁願いたいと、父親もどきは思うものの。来訪者であれば、感じることもあるかも知れないと、とりあえずは同行を了承してみる。……本当はキャロルとジェームズだけを共にしたかったのだが。イノセントだけお留守番の方が、明らかにリスクが高い。そうして仕方なしに、ラウールは家族サービスの覚悟もするのだった。
***
「……ふふ。今回も確かに頂きました、旦那」
「今回も……? 前回に、今回で最後だと……」
「まさか! あんなに危なっかしい仕事の手伝いをしてやったのに、こんな端金で満足できるもんか。今をときめく大作曲家であれば、俺を養うくらいはどうってこと、ないだろう?」
「や、養う……?」
約束通りに、今回も指定された裏路地にやってきたが。アンソニーから約束の報酬を受け取っても尚、仕事仲間のブライアンはまだまだ満足してくれないらしい。さも当然と金貨5枚を受け取っただけでは飽き足らず、更に素敵な事を宣言し始める。
「いや〜。俺、さ。こうして、割のいい仕事を見つけたもんだから。実は、元の仕事は辞めたんだ」
「はっ……?」
「毎月あんたとお話しするだけで、金貨がもらえるんだもの。警察官だなんて、面倒な仕事、やってられるかってんだ」
「……」
どうやら、ブライアンは活計をアンソニーの相談相手になる事で賄うことに決めたらしい。大ファンだったアリシーのストーカー行為で掴んだネタを餌にしては……アンソニーの資産を食い尽くすつもりのようだ。
「と、いう事で旦那。これからもよろしく頼みますよ。それじゃ」
「……」
裏路地を抜けるついでに、ブライアンは夜の街・メーニックへ繰り出していく。そうして、取り残されたアンソニーは果てしない絶望感と同時に、後ろ暗い憎悪を激らせていた。……まさか、あんな深夜の出来事に目撃者がいるなんて、アンソニーにはあまりに想定外過ぎて。いよいよ落ちてこようという夜の帳と同様に……目の前が暗くなる錯覚に襲われて続けている。




