ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(9)
「ブライアン巡査……? いや、僕は会ったことないかも知れないなぁ」
「そうですか。ま、兄さんは内勤が多いみたいですからね。普段はインドアで悠々と仕事しているのでしょ」
「言ってくれるな? これでも例の泥棒が出ると、とっても大変なんだぞ? 巻き込まれる方の身にもなれよ」
モーリスから借りていた警察手帳と警官バッジを返すついでに、急浮上した共犯者(候補)についても報告すれば。みるみるうちに兄の顔が渋るのさえも、意地悪くクスクスと笑うラウール。そんな相変わらずの弟に、仕方のない奴だと零しつつも、モーリスもラウールが示した過失の重大さに気づいたのだろう。
「……分かったよ。とにかく、僕はブライアン巡査がどんな相手なのか調べてみるよ。それでなくても、上長に許可も取らずに現場にいたずら書きをしたんだから……それをネタに、少し揺さぶってみるか」
「おや! 兄さんの口から、物騒なお言葉が出るなんてね。あぁ、なるほど。その辺りはソーニャの影響ですか?」
「まぁっ! 人聞きの悪い! ラウール様にだけは、言われたくありませんわね!」
「ふ〜ん?」
【……(このバアイ、どっちもどっちだな)】
ソーニャからしっかりとお代わりのコーヒーを受け取りつつ、不遜な様子でこれまた意地悪く肩を揺らすラウール。その様子に、弟の悪戯好きな性格が変わっていないのも認識して、モーリスは困った奴だとため息をつく。
無事に結婚もして、それなりに「家族ゴッコ」をしていると聞いてもいたが。父親もどきの本質は変わってないらしい。それでも……。
(まぁ、以前よりは柔らかく笑うようになったかも……な。この辺りはキャロルちゃんのお陰かなぁ……)
まだまだ、悪魔風味は抜け切れていないけれども。以前の「見ただけで、悍ましい気分」にさせられる、不気味な笑顔よりは幾ばくかマシにさえ、思える。それでなくても、最近は向こう側で暴れる頻度も減ってきている。以前であれば、何か気に入らないことがあったら無理矢理にでもターゲットを探し出して、満月の度に遊び回っていたと言うのに。
「……ところで、兄さん。何がそんなに嬉しいのですか? さっきから妙にニヤニヤして……気色悪いったら、ありません」
「気色悪くて、悪かったな。それこそ、お前にだけは言われたくないぞ?」
「な、なんですか! その言い分は! えっと、これでも、俺だって……」
【ラウール、ワラうレンシュウ、ケッコウしてた。それでも、ブキミなのはカわらないが。これでも、イッショウケンメイ、マワりとウマくやろうとしている。……モーリスもそうイってやるなよ】
「……ジェームズ。フォローして下さるのは、とっても有難いのですけど。……それ、半分は悪口ですよね?」
【そうか〜?】
言葉を詰まらせた弟の代わりに、とっても賢い愛犬が普段の様子を余す事なく教えてくれるものの。当人にしてみれば、彼のフォローは格好悪いだけではなく、「不気味なのも変わらない」とまでストレートに言われて、散々である。しかも、その答えに責任を持つでもなく、ジェームズは器用に口笛を吹いて誤魔化してくるのだから、飼い主以上に相当に芸達者である。
「いずれにしても、ブライアン巡査の身辺調査は任せてくれよ。それに、今日の鑑識結果も僕の所に上がってくるんだろ? 何か分かったら、報告するから」
「……えぇ、それでお願いしますよ。俺としては、最低限それが叶えば文句はありませんし」
文句はないと言いつつ、フテた態度を見るに、一連のやり取りにはご本人様は不服なようだが。それでも、以前みたいにムッスリと拗ねた表情がないのを見ても、いい傾向だとモーリスは安堵の息を吐く。
結婚を機に離れたとは言え、モーリスはどこまでもラウールの兄である。怪盗紳士が暴れるたびに、別の意味でもハラハラしながら見守っていたが。こうして実際に弟の割合穏やかな表情を確認できれば、安心度合いも桁が違うというもの。
(……きっと、今は核石の馴染み加減も穏やかなんだろう。まだまだ安心できるわけではないだろうけど……)
少なくとも現状維持はできていると見て、良さそうだ。そうして、結局はソーニャと口論を繰り広げているラウールを見つめながら、得体の知れない充足感と一緒にコーヒーを啜るモーリスだった。




