ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(8)
【どうした、ラウール】
「……このアウトライン、おかしいと思いませんか?」
【ふむ?】
足元の妖精さんの悪戯を見つめながら、険しい顔をしている飼い主の横にジェームズがお利口にお座りすれば。ヒソヒソと尖った耳に懸念事項を呟くラウール。彼が気にしているのは、チョークのラインが明らかに大きすぎる事らしい。
【……イわれれば、タシかに。ヒガイシャはコガラだったと、モーリスイってた。だけど、このサイズはどうミてもダイのオトコだ】
「ですよね。……身長も俺より高そうですし」
いくら大回りで描かれているだろうとは言え、現場検証の一環で残された目印なのだから、ここまでのオーバーサイズはまず、あり得ない。
「それに、さっきの玄関先の絨毯もなーんか、不自然なんですよねぇ……」
【そうだな。フツウ、ゲンカンサキにゴウカなジュウタンはシかないだろう。ハバもアっていなかったし、あれはどうミても、キャクマヨウのコウキュウヒンだ】
出入りも激しく、土埃も相当に入り込んでくるだろう場所に、わざわざ一級品のゴブラン織を持ってくるだろうか。しかもいくら広いとは言え、廊下の幅に合っていなかったのを見る限り……おそらく、あの絨毯は元々別の場所に敷かれていた物を、何らかの理由で玄関に敷いているのだろう。
「あぁ、そこの君! ちょっと、聞いてもいいかな?」
「ハッ! モーリス警部補、いかがされましたか?」
部屋の前を通りがかった警官を呼び止めて、初回検証は誰がしたのかを聞き出すラウール。幸いにも、目の前の中年と思しき警察官はそれなりに事情を把握しているらしい。相手が警部補の皮を被った大泥棒だということも露知らず、非常に重要なことを教えてくれる。
「初回は第1発見者のアンソニー・グレイソン氏立ち合いの元、ブライアン巡査がされたそうです。なんでも、緊急性も高いということから、近くに駐屯していたブライアン巡査の方で応じたそうで……」
「だとすると、この出来の悪いアウトラインも彼が?」
「そうみたいですね。彼、アリシー・アルキアの大ファンだったとかで……舞い上がって、色々と1人でやってしまったようでして……」
「それ、ホルムズ警部の許可、取ってますか? このアウトライン、明らかにガイシャの体格と一致していないように思えますけど」
「あはは……そうですね。それに関しては、本人も面目ないと反省していましたよ。許可は取っていないそうでしたが、後から報告書を慌てて出したみたいですね。まぁ、それでも速やかに犯人を捕まえたということもあり、これに関してはお咎めなしになったようです」
愛想の良い丸顔を少しばかり、困ったように顰めては苦笑いをする警察官だが。あまりの杜撰さに、ラウールは内心でやれやれと呆れずにはいられない。
この場合、まず真っ先にアリシーが亡くなったこ旨みを存分に引き継げるアンソニーに疑いの目を向けるべきだろうに。あろうことか彼を検証に立ち合わせた上に、捜査を撹乱するような手掛かりを作り上げている時点で……ブライアンとやらも調べた方が良さそうだ。
「そうだったんですね。……うん、ありがとう。さて、と。大まかなことは把握したし、僕はこの辺で失礼するよ。何せ、ジェームズは弟から借りていたりするし。早めに返してやらないと、可哀想だ」
【キュゥゥン……】
「あぁ、そうだったのですね。そうかぁ、ジェームズ君、もう帰っちゃうのかぁ。おじさん、ちょっと寂しいな」
【ハゥゥン!】
最後まで人好きのする感じでジェームズにまで応じては、ヨシヨシと彼の頭を撫でる警察官。そうされて、お利口なジェームズもサービススマイルを炸裂させては、無邪気に尻尾を振って見せるが……。
(……意外と、ロンバルディア警察にもマトモな方はいるんですね。……ふむ。この調子なら、兄さんもそこまで悲嘆しなくても良さそうです)
いずれにしても、ボロを出さないように検証結果は彼に報告しなければならない。そうして、自分の代わりに自宅待機している兄の元へ帰りがてら寄る事に決めると、ジェームズを促す。そうされて、ちょっぴり名残惜しそうな顔をしつつも、ドーベルマンは飼い主のオーダーにも従順なのだった。




