ガス燈の煌めきはブルー・ジョン次第(6)
ラウールとジェームズが素敵なチョーク・フェアリーの悪戯に苦笑いしている、その頃。キャロルはイノセントを連れて、アリシーの実家でもあるアンソニー・グレイソン邸へやってきていた。
彼女達を迎え入れたのは、いかにもなスコルティッシュ・ジェントルマンよろしく、洒脱な口髭を蓄えた売れっ子作曲家ご本人様。想定外に可愛らしい出立ちのお客人に、嬉しそうに笑顔を綻ばせると、まずはお茶でもと誘ってくるが……。
「申し訳ございません、ムッシュ・グレイソン。お茶のお相手もさせて頂きたいところですが、この後はこの子と買い物に出かける予定なのです」
「おや、それは失礼。……あぁ、なるほど。ミセス・ジェムトフィアをお呼びした方がいいのだろうね、この場合」
イノセントはともかく……キャロルが既婚者であると知れると、途端に顔を曇らせるのだから、分かりやすいと言えばそれまでなのだろうが。そもそも、彼も既婚者だろうに。しかも、アンソニーがこの屋敷に住んでいるのは、奥様の家柄に乗っかっているだけなのでは……と、キャロルは嘆息せずにいられない。
(ラウールさんの予想では、この方がアリシーさんを殺したかもしれない犯人だということでしたが……)
ラウールの予想抜きでも、今の反応で胡散臭さもバッチリ。それでなくても、旦那様の野生的な勘から弾き出される予測が外れることはあまりない。そんな経験則も思い出しながら……少し待っていて下さいと通された客間で、鑑定以上に怪しい部分がないかと、豪奢な空間の中でキャロルはキュッと気分を引き締めていた。
「鑑定して欲しいのは、こちらの宝石です。妻の叔母から遺産として引き継いだものでしたが……」
熱を帯びていて、触ることもできないのです……と、「本物」を証明する証言を吐き出すアンソニー。彼が持ち出してきたのは、アンティークのガス燈の頭部分。本来は希少なはずの宝石がこんな所に閉じ込められているのも、熱源も不明な発熱のせいだということで……アリシーが所持していた時から、この状態で保管されてきたのだという。
「……それで、ヴランヴェルトに宝石鑑定を依頼されたのですね?」
「その通り。あちらの宝石鑑定アカデミアであれば、曰く付きの宝石も鑑定してもらえるとの評判を聞いたもので。それで……この宝石が何なのか分かれば、扱い方も分かるのではと思ってね」
「あら。そうでしたの? では……イノセント。この宝石に何か感じるものはありますか?」
「……ふむ。こいつは結構な泣き虫なんじゃないか? 呪いを相当に溜め込んでいるな。かの呪いのサファイアそっくりな雰囲気を感じるぞ」
「な、なんと! そちらのお嬢さんも鑑定士なのですか?」
イノセントが“呪いのサファイア”のフレーズを出した途端に、前のめりで興奮した声を上げるアンソニー。その様子に……彼は目の前のブルー・ジョン、通称・ファントムがどんな類の宝石までは知っているのだろうと、キャロルは判断する。
「フフン! 私はイノセント・グラニエラ・ロンバルディアと言う! 鑑定士ではないが、ブランネルの孫でもある以上、それなりに宝石には詳しいぞ!」
「え……えッ? えぇぇぇッ⁉︎ い、今……ロンバルディアと、おっしゃいましたか……?」
「うむ。そう申したな。あぁ、そう畏まらんでもいいぞ? キャロルがどうしても来てくれと申すから、付いてきたのだ。それで、ケーキをご馳走してくれるのだ! キャロル、そういう事だから……さっさと、鑑定を終わらせるのだ。……早く、ケーキが食べたい」
「ふふ。承知しました。ですので……ムッシュ・グレイソン。早速、失礼しますね」
「え、えぇ……それはそれは。大変、失礼いたしました……」
自分はとんでもない相手にお茶の誘いをかけていたらしいと、先程までの余裕の表情を引っ込めて冷や汗を垂らし始めるアンソニー。そんなご依頼主の焦燥を他所に、キャロルは特注のグローブをはめた手で、丁重にファントムを取り出すと持ち込んだ偏光機でマジマジと依頼品を見つめ始めた。
「……キャロル、どうだ?」
「えぇ。種別的にはフローライトであることは間違いなさそうですわね。フローライトはハロゲン化鉱物の一種でして、熱すると発光する性質があります。割合、広域で産出する鉱物ではありますが……ここまで大きなもので、鮮明なブルーレースの模様が浮かび上がるものはそうそう、ありません。こちらは相当の価値がある宝石と見ていいかと」
「ほぅ、ほぅ! そうですか。熱すると、発光するのですか……」
「内包している不純物の状態にもよりますが。フローライトの発光は、原子配列の歪みが熱によって緩和されたことによる、過剰エネルギーの放出に伴うものです。加熱による成分変化はありませんが、やりすぎると爆ぜて割れることがあるので、無理やり光らせるのはオススメしません」
アイルーぺを取り外して、粛々と鑑別書に成分を記載しながらも……悪いヒントを教えてしまったかなと、キャロルは少しばかり後悔していた。鑑別書には決して記載はできないが。明らかに目の前のファントムがかつて「生きていた」証拠もルーペ越しで見つめてしまった以上、これ以上虐められるのは忍びない。




