銀河のラピスラズリ(14)
どのくらいの間、降り続けたのだろう。果てなく続くと思われた階段を、降り切った先に突如現れたのは……不自然なまでに光を帯びた水を湛えた、静かな地底湖だった。その揺らぎもしない水面の底に、ある物がしっかり飲み込まれているのを確かに見届けると……グリードはさもやり切れないと、ため息をつく。
「やはり、ここまで辿り着きましたか。流石は噂の怪盗紳士様ですね」
「……何となく、想像はできていましたけど……やっぱり、あなたが1番の曲者だったみたいですね?」
きっとグリードが湖底に沈んでいる物を見極めるのを、待っていたのだろう。彼の背後の暗がりから、若い僧が忽然と姿を現す。彼の鮮烈な青い瞳に、全ての事情を把握すると……今度こそ、忌々しげに睨みつけるグリード。
「……警察の方々に毒を盛ったのは、やり過ぎだったのではないですか?」
「おや? どうして、あなたがそれを知っているのですか? ……あぁ。もしかして、あの2人……死んでしまいました? まさか、あの程度の分量で死に至るとは思いもしませんでしたが……だとしたら、可哀想な事をしてしまいましたね」
「いいえ? 多分、まだ死んではいないと思いますよ? 少なくとも……片方はこうして、ピンピンしていますけど」
そうして僅かながらにマスクをずらすと……口元はきちんと抑えつつ、確かな証拠を見せつけてみる。そんなグリードの種明かしに、さも面白いと口を歪めるルト。
「あぁ、そういう事ですか。あなたもまた……姉と同類なんですね。それはそうと、あなたの核石はどんな宝石なのです? この瞳の色だと……アメジスト? それとも……あぁ、分かった。その見事な色変わりは、アレキサンドライトですか?」
「ご名答。同類ともなれば、瞳の色を見分ける事は容易いという事でしょうか? ただ……あなたは飾り石の方みたいですね。涙を流すなんて芸当は本来、カケラにはできない事ですから」
何気ないグリードの言葉に、今度は明らかな怒りを滲ませ始めるルト。彼らにしてみれば、ただの侮辱でしかない言い回しに、俄かに激昂し始める。
「違うッ! 私は、姉の飾り石などではない! ただ……ただの手違いで……!」
「手違い、ですか。まぁ、あなたにしてみれば、そうなのかも知れませんね。……男女の兄弟石の場合は、男性の方に性質が集中しているのが常というもの。筋肉量の少ない女性のカケラはどうしても、硬度を保てない部分がありますから。……生み出される際に自然と、男性の方が性質を強く受け継いでいるはずなのです。だけど、あなたの場合は何らかの理由で逆になってしまったのですね。……だから、悔しかったのでしょう? このアッティヤ寺院に出荷された目的がこんな事だったとしても……あなたはお姉さんの方にしか価値が置かれなかったのに、腹が立ったのですね。だからこの教団自体を潰そうと、彼らに毒を盛った……と。この寺院に足を踏み入れた警官が重度の水銀中毒になったとあれば、否応なしに彼らの捜索が入るのは目に見えている。その上で……こんな遺物が地底に残っているとあれば、大騒ぎになるでしょう。地下霊廟とはよく言ったものです。……この墓標に祀られているのは創始者でもなく、ましてや御神体でもなく……化け物の成れの果てでしかなかったのですから」
僅かに表面を銀色で覆われた水面の奥底には、かつては白銀の肌を持っていたらしい、巨人のような何かの遺骸。そして、表皮が所々剥がれているのを見るに……それこそが大量の毒を吹き出している元凶だという事を思い知る。そんな巨人を飲み込んだ湖には、申し訳程度の橋がかかっており、最奥には仰々しく青い輝きを放つ祭壇が据えられているのが目に入った。
この場に人柱の方はいないみたいだが、見せ物にする予定であるのなら……彼女がいるのは、安全な地上の大聖堂か。そこまで考えると、もう1つ確認しておかなければと、ルトに向き直るグリード。その先は完全に個人的な趣味でしかなかったが……答えを確かめるくらいの余興はあってもいいだろう。




