表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
656/823

ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(19)

 今日も元気に放出されるのは、ため息ばかりかな。帰りの馬車に揺られつつも、新婚旅行の顛末に納得がいかないのだろう。キャロルが心配そうに隣を見やれば、ラウールは眉間のシワを深めたまま、ブツブツと文句を言っている。


「どうして、こんな事になったのでしょう……? そもそも……」

「いいじゃないですか。ヴィクトワール様も褒めていましたよ、ラウールさんの事。私もちょっぴり鼻が高いです」

「キャロル、それ……本当ですか? 君は今回の旅行は()()だと思わないのですか?」

「思うはずないじゃないですか。旦那様が頑張ってくれたおかげで、ジョナル様やベリルさん、それに他の皆様も()()になれたのですもの。これのどこに、誇らしく思わない理由があるのです」


 そうして、奥様がにっこりと微笑んで見せれば。常々、不器用な笑顔しか作れない旦那様もようやく眉間のシワを浅くしては、照れ隠しではにかむ。


(これで、よかったのですよね? ただ、この先のことを考えると、ちょっと忙しくなりそうですけど……)


 ラウールが()()()()()片割れを取り込んで、ジョナルは少しばかり延命することができたらしい。しかし彼の弁によると、彼らが別れたのは元々は自身の意図によるものだったとかで……()()()()()を切り離すことで、自我そのものをコンパクトな器に移し替えては、生き延びる術を見つけるために人間社会をフラフラと渡り歩いてきたのだという。そして、残しておいた()()は精一杯生きる間の非常食として、保管していた……という事だったが。


「ま、それを研究者に奪われたのだから、間抜けったらありませんね。その上、取り戻そうとして逆に捕まるなんて。……馬鹿馬鹿しいにも、程があります」

「その辺は仕方ないと思いますよ。だって、ウレキサイトは本当に脆い石ですし。生き延びるために、手段を選ぶ余裕もなかったのでしょう。この場合はジョナル様も()()()だと、私は思いますけど……」

「だからと言って、彼を本当にヒースフォート領主に据えることはないと思いますけどね。ヴィクトワール様もそうですけど、アリソン大佐も()()()には本当に甘いのですから。……これでは、ますます赤鷺が調子に乗るではないですか」

「それはどうかしら? もう結婚詐欺師でいる必要はなくなったのですし、赤鷺さんは()()なのではないですか?」


 穏やかな見解を述べるキャロルの意見は尤もだと、納得する……と見せかけて、やはり捻くれた持論を展開するラウール。最初の()()()が非常に良くなかったのだろう。ラウールはどうもジョナルが気に入らない様子。


「……だから、余計にタチが悪いのです。偽物が本物になり得るのなら、苦労はありません。偽物は本物になり得ないのだからこそ、嘘を見破る鑑定士が必要なのでしょうに。……それをこうも鮮やかに()()されては、面白くない」

「あら。ジョナル様は別に、最初から偽物ではなかったと思いますよ。どちらかと言うと、元に戻っただけですよね? ジョナル様、こんな事も言っていましたよ。女の人を騙すのも辛かったけど、素敵な夢を見せてきたのだから対価を受け取って生きていく分には問題ないと、思い込むようにしてきた……って。本当は虚しいのも分かっていたのだけど、自分も必死に生きていただけなのだと」


 最初から自分の意思とは関係なく寿命を決められていた、時間制限付きの天空の来訪者。本来は周囲と馴染むためにだけ生み出された薄命の心臓(核石)を抱えて、彼はどうにか自分自身を生きようと運命に抗おうとしていた。だが、だからと言って、周囲を騙していいわけでは決してない。夢を見せるのは、大いに結構だが。見せた夢の責任を取れないようでは、どこまでも漂泊な赤鷺のまま。自身の能力を悪用した結果に、プカプカと拡大解釈した夢の上で漂うだけの虚無な存在でしかない。


「不安もたんまり残っている気がしますが……ウレキサイト大佐の処遇は俺にはもう、関係ありませんかね。しばらくはアリソン大佐も面倒を見ると、おっしゃっていましたし。まぁ、ジャンネの()()()に関しては、まだまだ追及と調査の余地があるようですけど。そちらも大筋はヴィクトワール様にお任せすればいいでしょう。ただ……」

「そう、ですよね。ジャンネ様の()()調()()のお手伝いは、こちらでもしなければなさそうですね」

「多分、ね。……金の卵(商売道具)の出どころが()()()()だったら、問題ないのですけど。汚れをジャブジャブ落とすのは、()()()()()というものでしょう。やれやれ。……これだから、()()()()は嫌なんです」


 ま、それは帰ってから考えましょうか……と気分を切り替えつつ、少しだけ気分を上向かせては。今度はお土産配りについて、ウムムと悩み始めるラウール。ご近所さんに、モーリスさん宅に、そして雇い主に。意外と配る相手が多いものだから疲れてしまうと、やっぱりため息ばかりを吐き出しながら。それでも、彼も日常に逆戻りするのも満更でもないらしい事を見抜いては、お隣でクスクスと笑うキャロル。お土産配りも彼なりの配慮と愛想を振りまく手段だと思えば、宿題に関してはまずまずクリアと言ったところだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ