ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(15)
遠くに聞こえた時には、耳慣れたキャタピラの音だと思っていたのに。轟音が近づくにつれて……その駆動音が女傑の愛車が軽やかに突っ込んでくる音ではなく、別の大物がズンズンと迫り来る音であることに、焦ってしまうラウール。迫り来る現実に、ラウールがしてやられたと思ったのも束の間。気付けば、目の前には全長9メートルを越えようかという戦車2両と大型のコンテナ車がさも当然のように、見窄らしい前庭を占領していた。
「ヤァ〜! 遅れてすまないね! ……で、君がラウール准尉だよね?」
「えぇ、以前はそう呼ばれていましたね。あなたがアリソン・ロイス・ノアルローゼ様で合ってます?」
「その通り。いやぁ、兄上から噂は予々聞いているよ。なんでも、難物落としのエキスパートなんだって?」
「……なんですか? その迷惑極まりない、物騒な評判は……」
コマンダーキューポラから顔を出すと同時に、キラリと白い歯を見せるのは、いかにもナイスミドルな風体の紳士。しかし、軍服のエポレットに金のラインが5本入っている時点で、相手が大佐階級であることも見抜いては……ラウールはヴィクトワールも趣味が悪いのだからと、嘆息せずにはいられない。
おそらく、例の女傑はしっかりと保護対象の方へ向かったのだろう。そして、恐れ多くも……主犯格の確保は、正真正銘のヒースフォート領主ご本人様にお任せしたらしい。庭先で蹲る異形達の姿を見ても、眉根1つ動かさないのだから、彼もそちら方面には相当に慣れているのだろう。
「それにしても……ロンバルディア騎士団の将校はいちいち、戦車で登場しないと気が済まないんですか? 物々しいったら、ありません」
「そう、言いなさんなって。ところで……そちらのミニチュアは元に戻れるタイプかな? それとも……」
「……性別からして、後戻りはできないタイプだと思いますが。その辺はそちらのマリオネッテ様にお伺いすれば、何か分かるかも知れませんね」
来訪者のミニチュアから元の姿に戻れるのは、男性のカケラだけ。しかし、彼女達に仕組まれていた統制された攻撃パターンはぶっつけ本番の出たとこ勝負とも思えない。だとすると、彼女達は元に戻れるように作られているか、或いは……。
「……そういうこと、ですか。彼女達は複数核の集合体……おそらく、この4人は同族喰いのカケラなのでしょう。こうして最期を迎えた核石を他のカケラに引き継ぐ事によって、性能や経験も上乗せしていた……と。ですよね? ジャンネ様」
「それがどうしたって、言うのかしら? それよりも……早く、この忌々しい鎖を解きなさいよ! 私にこんなことをして、タダで済むと思っておいでかしら?」
「おや。……それはこっちのセリフですよ。俺相手にこんな惨状を見せつけて、タダで済むと思っているのですか? ご心配なく。あなたのお屋敷内はきっちりと調べさせていただきますし、あなたの身柄はこちらにいるアリソン様に引き渡して……ま、その後はヴィクトワールスペシャルを堪能する羽目になりそうですか? いやぁ〜、これはこれは。とっても楽しみですね? あのフルコースを味わえる罪人はそうそう、いません。ジャンネ様は本当にツイてますよ」
意地悪く腹を抱えるラウールを横目に、先程までの快活な笑顔を引っ込めて、アリソンが顔を引き攣らせては苦笑いをしている。きっと、彼もよくよく知っているのだ。ヴィクトワールの裏メニューが、どんなにか恐ろしい苦痛のフルコースだということを。メニューの内容は、決して公表されてはいないが。騎士団内でもかの女傑のスペシャルメニューと比較したら、どんな拷問の苦痛さえも霞むというのが、専らの評判である。
そんなどこまでも万人受けしない、味覚も痛覚も存分に刺激して壊死させる彼女のフルコースを前に、幸運だと言ってのけるラウールの悪辣さには、ロンバルディアの大佐も及び腰にならざるを得ない。
「と、とにかく……ラウール君。後は私達に任せ給えよ。可愛い奥さんが待っているよ……と、言いたいところだけど。もう少し、このアリソンに付き合ってくれないかな」
「分かっていますよ。ここは俺も同行した方がいいと思いますね。……この屋敷の奥には何が待っているか、分かったものではありませんから」
ラウールの返事に任務も心得ていると見えて、アリソンが引き連れてきた残りの人員にキビキビと指示を出す。おそらく、彼らは騎士団直轄の実働部隊の精鋭達なのだろう。更に、コンテナ車の方は白髭印の回収班だという事にも気づいて。僅かな時間で的確な人員を揃えてくる、かの女傑の手腕に……変なところで戦慄するラウールだった。




