ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(13)
「ふふ……あなたは頭が回るだけではなくて、つくづく嫌味ったらしいのね。まぁ、いいわ。こんな所で立ち話もなんだから、この続きは中でどうかしら? 一緒にお茶、してくださらない?」
「お断りですね。……それなりに防止策を拵えてあるとは言え、あちらのお屋敷にお邪魔したら何をされるか分かりません」
何が楽しくて、場末の淑女とお茶を嗜まなければいけない?
嫌味ったらしいと言われた手前、存分に再現して見せましょうと肩をすくめて、断固拒否の姿勢を貫くラウール。自分はコーヒー派だと内心で嘯きつつ、もう少しの辛抱だと、自分に言い聞かせていた。
「だって、そうでしょ? ……俺を手っ取り早く手懐けようとするのであれば、そちらの白薔薇を使った方が圧倒的に効率的です。ですけど、あなたは一向に白薔薇を指先に咲かせたまま使おうとはしなかった。……要するに、それ単体では効果を発揮できないのではありませんか?」
「……そう。あなたは、これが何なのかも知っているのね?」
「えぇ、それなりに」
いよいよお誘いがかかったとなれば……そろそろ、タイムリミットだろうか。
朧げな感覚頼りではあるが、自分が稼いだ時間もまずまず経過したと考えては、ラウールは早くお迎えが来ないかなと気を揉み始めていた。庭先で繁々と無駄話をしていたのには当然ながら、訳がある。そして……その理由はジャンネの指先に咲き誇る、白薔薇1輪に凝縮されていた。
(コントローラーが純白の時点で、ブランクか……あるいは、イノセント由来のものか。後者だった場合は、サファイア専用にできているものでしょう。だとすると……)
サファイアの同類ではなさそうな、お人形達のコントローラーは別枠で隠し持っているのだろうと、素早く胸算し、少しだけジトリと焦ってしまう。
もし、ジャンネの指先で咲いている白薔薇がブランクだった場合は、新たに色を乗せられる事を示している。それはつまり、所定の条件さえ満たせば、自分も絡め取られる可能性がある事も示してはいるが……。
(しかし、ジャンネ様はその場で俺に仕掛ける事をせず、わざわざお屋敷にご招待くださっています。であれば……答えは1つしかありません)
きっとラウール……延いては、グリードを手中に収めるための秘策が屋敷内にあるのだろう。
ブランローゼ城で行われた即売会の調査レポートでは、オーナーには漏れなく鮮やかな薔薇と一緒に宝石人形達が引き渡されていたと記載されており、ブランローゼ城から押収された設備には、アディショナルをカケラの首元に埋め込むための装置も含まれていた。本来は人間を遥かに凌駕する能力を持つカケラに言う事を聞かせようとするのであれば、首輪は必須。そして、首輪に対応するリードは識別情報として核石の一部を埋め込み、色を吹き込んだ上で引き渡される。
だからラウールは少しばかり、焦っていた。あれ程までに馬車の内装は赤一色で染め上げていたと言うのに、ジャンネの指先に咲き誇る薔薇だけは白いまま。赤薔薇に固執しているジャンネが白薔薇を咲かせている理由に、カケラ密売の事実を下敷きにしては……今か今かと、ラウールは左耳に仕込んだままの盗聴器の信号音に少しだけ神経を傾ける。
もう少し、あと少し。しかし……ラウールの焦りを見透かしたのか、はたまた連れないお返事に業を煮やしたのか。ジャンネは非常に気の利くことに、強硬手段に打って出るつもりらしい。彼女がハンドバッグからゴソゴソと取り出したのは、どこまでも見覚えのある操り人形の手板。かつてジェムトピースと名乗る、怪しげな傀儡師が持っていたものと寸分違わぬそれを掲げては、周囲を固めていた4人の少女に命令を出す。
「とにかく……大切なゲストを無理矢理にでも、屋敷に招待するわよ! 緑柱石ナンバー28、44! それと月長石ナンバー54、駒鶇石ナンバー33!」
「承知、しました……」
「ご主人様の命令、絶対です。……こっちに来るです」
「嫌ですよ、そんなの。あなた達を助けてやりたいのも、山々ですけど。こう見えて、俺は新婚ホヤホヤで幸せ絶頂なのです。それがどうして、操り人形にならなければならないのです」
「……あなたに来てもらえないと、私達は殺される。お願いだから……」
言う事を聞いて。
どこか自分勝手な都合を嘯いたかと思えば、駒鶇石ナンバー33と言うらしい少女が青緑色の瞳で熱っぽく見つめてくるが。その程度の誘惑に引っかかるようでは、世間様で噂される怪盗紳士は名実ともに浮気性にさせられてしまうではないかと、嫌味ったらしくフンと嘲笑するラウール。
「Malheureusement……お生憎様。さっきも言ったでしょ? 俺は結婚したばかりで、幸せなのだと。とっても素敵なパートナーがいるのに、わざわざターコイズ如きのハニートラップにかかるものですか。ククク……第一、初日にお顔を合わせた時に気づかなかったのですか? 俺達はあなた達の疑似餌に引っかかる程、安っぽくありません」
そう……ジョナル偽大佐が彼女達を侍らせていたのは、何もパトロンに囲われている人気者を演じるためだけではなかった。ウレキサイトの「騙す能力」とターコイズの「惑わす能力」。ターゲットが女性ならウレキサイトの出番になるのだろうし、ターゲットが男性ならターコイズの出番になるのだろう。そして、ご主人様が欲張ったがあまりに両方を揃えては、ラウールご夫妻に二重のハニートラップを仕掛けてきたのだ。奥様には赤鷺さんを、旦那様には駒鶫さんを。だが……彼らには、いずれも効果がなかった。そしてその事で、ご主人様は気づいたのだろう。相手が半輝石の誘惑さえも跳ね除ける、本物の輝きだということに。そして……素性を調べ上げると同時に、どうしても大泥棒が欲しくなったのだ。
【作者の言い訳】
作中にある「駒鶇石」は作者の造語です。
ターコイズの和名は紛れもなく「トルコ石」ではありますが、現実世界の地名がガッツリ入っているので、そのまま表記するわけにも行かず……。
苦し紛れにロビンズエッグブルー(ターコイズブルー)から連想して、コマツグミ(アメリカンロビン)のお名前を拝借することにしました。
世間様で「コマツグミ石」なんて言っても、絶対に通じませんです。




