銀河のラピスラズリ(13)
「あぁ、もしかして……あなたがあの噂のモラム様?」
「ほぉ? 薄汚い泥棒にまで知られているとは、思いもしなかったが……そうかそうか。ワシもとうとう、外部にまで名が知れるほどになったか!」
「……すみません、勘違いさせたようだったら、申し訳ないんですけど。そもそも、リーシャ真教自体かなりマイナーな存在ですし、その中でいくら偉くても……誰もがあなたの名前を知っている訳ないでしょう。俺が言いたかったのは、悪事の限りを尽くした悪名高い噂のモラム様、という意味ですよ?」
「な、何だとッ⁉︎」
間違いなく対個人用ではないはずの重機関銃を向けられても、相手を小馬鹿にしながら挑発するグリード。とは言え、ここまでの数を撃ち込まれたら流石に彼の身も砕けてしまうだろうが……残念ながら、今回は水銀中毒に気を取られていたあまりに、そちら向けの準備はしてこなかった。
(挑発してみたはいいものの、どうしましょうかね。……今回は青銅の装飾にしてしまったんですよねぇ)
今回のマスクの装飾にも、それなりに意味がある。青銅は一般的に耐食性が強い合金のため、その装飾を施すことで酸や毒に強い特性を一時的に得ることができる。これは一種のプラセボ効果でしかないのかも知れないが、そんな気休めが今までの窮地を尽く救ってきたのも、紛れもない事実でもあった。
双子の兄に毒耐性は譲っているグリードにとって、触れたことのない毒物は脅威でしかない。そのため、今回は思い切ってそちらに特化してみたものの。物理的な防御を捨てた装飾では間違いなく……目の前に鎮座する重機関銃のガトリング攻撃を耐えるのは、非常に難しいだろう。
そんな事をグリードが考えているうちに、たった1回の軽口で怒髪天を突かれたらしいモラムが早速、砲撃命令を出している。その様子に仕方ないとばかりにため息をつくと、腰からやや大振りの拳銃を抜くグリード。しかし一方で、そんな自前の武器と比較したらちっぽけ過ぎる拳銃を認めると、先ほどの意趣返しとばかりにモラムが高らかに嘲笑し始めた。
「大口を叩いていた割には、その程度のおもちゃしか持っていないとはな! 天下の大泥棒にしては、随分と貧相な装いじゃないか⁉︎」
そうしてモラムが周囲にも自分の意見を押し付けるように、「なぁ?」と満面の笑顔を向けると、彼に迎合するように周りの僧達も一斉に大笑いし始める。人というのはつくづく、弱いものいじめが好きらしい。居心地も最悪の状況に辟易しながらも、とりあえず礼儀を通すのも嗜みというもの。グリードは仕方なしに、さも愉快そうな皆さんにおやすみの挨拶をしてみる。
「ククク……いいですね、そのフレーズ。俺は怪盗紳士なんてむず痒い言い方をされるよりは、大泥棒と言われた方が性に合っています。……何れにしても、今ので皆さんは貧相な大泥棒のお相手には不足だと判断しました。フフ……せいぜい、いい夢を見てくださいね」
意味ありげな一言を残すと、何故かモラムの頭上に銃弾を打ち込むグリード。その瞬間、天井に着弾した銃弾が鮮やかに弾け……辺り一帯に、何かの雨を降らせ始めた。
「こ、これ……は?」
「さてさて、いい子はそろそろおネムの時間です。……こいつは麻酔薬をたんまり仕込んだ、ちょっと特殊なおもちゃでして。ただ……効き目が抜群な上に、目覚めも刺激的なものですから、あまり使いたくなかったんですよねぇ。ま、とりあえず……ご機嫌よう、皆様。しばらく一緒に遊んでいただけて……大泥棒は満足ですよ」
結局、装填が間に合わなかったらしい重機関銃を軽々と飛び越え、廊下の先へ走り去る大泥棒。その漆黒に溶けるマントの後ろ姿を満足に見送る事もなく、例外なく見張りの僧達は忽ち眠りに落ち始める。効き目は抜群……ただし、寝覚めも最悪。そんな睡魔に陥落した彼らの悪夢を想像して、腹の中で盛大に笑いながら地下聖殿へと急ぐ。目的地への入り口はもうすぐ。この寺院は元々は別の目的で建立されていた建造物で……そんな寺院の最奥が地下にある事は、当然の成り行きなのかも知れない。




