ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(11)
パドゥール家が没落した理由。それは、全面禁止されていたはずの宝石人形の取引に参加していたこと……その事実1つに尽きる。指先に咲き誇る白薔薇を後生大事に添えている時点で、ジャンネの傾倒ぶりもまだまだ健在と判断してもいいのだろう。しかも……。
「フゥン? そういう事ですか? ジャンネ様はよっぽど、ヴィクトワール様に憧れていると見える」
「あら? ……何がどうなって、そんな見解になるのかしら?」
「おや、違いましたかね。あぁ、失礼。あなたのは憧れではなくて、嫉妬……でしたかね」
「……嫉妬、ですって? 私が? ヴィアに……?」
「えぇ。この凋落っぷりを見れば、あなたがヴィクトワール様を愛称で呼ぶ理由も察しがつくというもの。だって、そうでしょ? ……もうとっくに、あなたは天下の騎士団長を親しげに呼べる立場ではないのにねぇ。それなのに、無理して肩を並べちゃって。クククク……身の程知らずもここまでくると、滑稽を通り越して哀れですね」
中古車を既に失われた権威の真紅で塗りたくって。縁もゆかりの欠片ないのに、手持ちのペットに軍服を着せては、ロンバルディア騎士団との繋がりもでっち上げて。おまけにその彼にはヴィクトワールの甥っ子なんて、嘘しか見当たらない偽の立場を与えて。……そんな無茶なまやかしを纏っていたのは、彼女がまだまだロッソローゼというブランドに固執しているからであり、たった1人の騎士団長の存在でロッソローゼの存在感を押し上げたレクザシュカ家への有り余る競争心によるものだった。
「パドゥール家はブランローゼと組んでいた時代に、最も栄華を極めていた家柄の1つでしたからね。王族ならではの趣味人揃いのブランローゼに、貴族ならではの趣味人揃いのパドゥール。芸術に文芸、果ては建築技術に造園技術まで。パドゥールは優れた学者や芸術家、職人達を育てることに心血を注ぎ、そして……磨き上げた彼らを赤薔薇ブランドで売り出し、白薔薇経由で王宮へと送り出してはロンバルディアの文化を影で支えて来ました。だけど……」
彼らのパトロン芸は言わば、嗜好品。素晴らしい芸術家を育てることも、優秀な学者を育てることも、熟練の職人を育て上げることも。潤沢な資金と余暇、それを支える審美眼を育てる土壌があってこそ、歓迎されるものである。
彼らに生み出された文化の息吹は確かに、人の心を豊かにするのかも知れないが。必要不可欠かと言われれば、疑問が残る。いつの世も、手間暇かけたデザインは贅沢品なのだ。金もかかれば、人の手もかかる。しかし……そんな嗜好品の数々よりも更に金がかかるイベントがロンバルディアの世相を席巻するようになると、白薔薇と赤薔薇よりもそちらに特化した黒薔薇がロンバルディア王家に出しゃばるようになった。
「勝利に必要なのは、華やかで美しい文化ではありません。優れた兵士に強力な武器、そして……軍事力を有効活用できる、強靭な司令官だった」
「そうよ。あの戦争で、何もかもが狂ったの。かつてパドゥールは“私達の時代が来た”なんて……堂々と胸を張っていたのにね。だから、ただただ野蛮なだけの黒薔薇に負けないように白薔薇と手を組んで、パドゥールはとある研究に着手するようになったわ。彼らよりもエレガントに、彼らよりもゴージャスに。……美しい兵士を作ることに、パドゥールは活路を見出す事にしたのよ。だけど……私達の作り上げた兵士は受け入れられるどころか、ロンバルディア国王の逆鱗に触れることになった。なんでも、シェルドゥラと同じ事をやっている私達は蛮族扱いになるそうよ?」
「おや。それは違うでしょう? 俺からすればあなたの行いは蛮族扱い……ではなく、正真正銘の蛮族そのものだと思いますけどね?」
ラウールの侮辱にしかならない返事にギリリと口元を歪ませて、怒りの形相を見せるジャンネ。しかして、ラウールの指摘はどこまでも正しい。何せ、宝石人形の取引が全面禁止されていたのは、非人道的だからというありふれた理由の他に、クーデターによって分国したシェルドゥラの風土を忌み嫌ったが故の拒否反応の側面もあるのだから。
カケラ研究のご本家はシェルドゥラ。どこかの元王族もそんな事を嘯いては、かつての行いを恥じていたが。当事者以外にとって、カケラの所有や研究は蛮族の所業でしかないというのが、事情を知る者の一般的な見解だ。そして、ロンバルディアは「自分達はそうではない」と、かつての隣国をシェルディアン等と蔑称し、澄ました顔をしては、野心を欺瞞の正義で塗りつぶしてきた。……それこそ、カケラ達が実在したという歴史さえも隠蔽して。
「……だから、俺に狙いを定めたのでしょうかね? 俺はその欺瞞の正義を担う尖兵でもあるのでしょうから。ヴィクトワール様、延いては先王の飼い猫としてそちら側に従事していますし。……きっと、俺を籠絡すれば実入りも期待できると判断されたのでしょう?」
「なるほど……ね。流石に第一線を走る怪盗紳士は違うわね。ふふ……やっぱり、あなたをヴィアにくれてやるのは惜しいわ。ねぇ、どうかしら? 私の所に来るつもりはない? 私であれば、あなたを……」
「どう満足させて下さると言うのでしょうかね? 先程から相当の誤解をされている以上、俺はあなたなんぞに靡くつもりはありませんよ。いいですか? 俺は今まで、1度も“怪盗紳士”を名乗ったことはありません。どこまでも薄汚い“大泥棒”でしかないんです。だけど……それ以上に薄汚いあなたには、小物の赤鷺がお似合いです。大物の猛虎を飼い慣らす気品も矜持もない以上、逆に食われるのが関の山でしょう。何せ……ククク。あなたも、立派に俺達のターゲットになり得るのでしょうから」
「……!」
ヴィクトワールをライバル視している以上、彼女が特殊な美容法に手を染めていると想像するのは容易い。王宮最強の騎士団長・ヴィクトワール。見た目こそうら若き乙女に見えるが、実年齢は57歳。それでも「今をときめく騎士団長」と持て囃されるのは彼女が強さと美しさ、そして、人徳と人気とを兼ね備えているからに過ぎない。今までパドゥールの後塵を拝していたレクザシュカ家出身の跳ねっ返りが、チヤホヤされれば。……有り余る嫉妬心を燻らせるジャンネが彼女を越えようと、無茶をするのも当然であったのだろう。




