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ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(8)

 右手には双眼鏡。左手を耳に添えて聞きかじるは、盗聴器ごしの内緒話。例え、君の姿が恋人達のトンネル(深い深い緑)で遮られようとも。奥様を盗まれるなんて、大泥棒の恥とばかりに……ラウールは彼らの甘ったるい会話にフスンと不機嫌に鼻を鳴らしては、奥様の浮気現場を全力で注視していた。そもそも……。


(くぅぅ! キャロルったら、どうしてそうも……俺以外の相手とも、楽しそうにできるんですかね⁉︎ あぁ、ちょ、ちょっと! それ以上はダメです!)


 ほど近い城塞跡(戦争の名残り)の城壁から身を乗り出して、1人で歯軋りしている様子は完璧に不審者ではあるが。幸か不幸か、()()()()()()完璧なラウールを不審者扱いする通行人はいないらしい。まさか彼の歯軋りの原因が奥様と浮気相手が手を繋いだ事だなんて、思いもしないのだろう。バードウオッチングか何かに勤しんでいるのだと、誰も彼もがさしてラウールの怪しさを気にする事もなく、通過していく。なので、妙に物騒な空気を放つ旦那様に声をかけてくる者はまずいない……と、ラウールも思っていたのだが。


「ねぇ、お兄さん。今、お1人?」

「……見ての通り、1人ですけどね。あぁ、お構いなく。これで結構、忙しいのです。……何せ、()()()ですから」

「あら、そうなの?」


 やはり、()()()()か。

 予想に反して声をかけてきた相手に、仕方なしに目線だけをくれてやるものの。表面では気のない素振りを見せながら、チラリと女を一瞥し……ラウールは内心でシメシメと舌なめずりをしていた。きっと、彼女が本命……ジョナルのマリオネッテ(傀儡師)様だろう。そして……。


(彼女の目的は……おそらく、()()()でしょうかね?)


 昨晩の邂逅でジョナルが見せた、恐怖の形相。その顔が、かつて傀儡師に怯えていた少女達のそれだと気付いたのは……奥様が()()()()()()せいで、眠れずに時間だけは有り余っていたからだったが。それでも寂しい時間の合間に、ラウールはキャロルを()()にすると見せかけて……自分の方を()()()に仕立てる決心をしていた。


「……ふふ。やっぱり、素敵ね。()()()が特別に目をかけて、囲っているだけはあるわね」

「お褒めいただき、光栄ですが。一応、申し上げておきますと。俺には()()()()に囲われた記憶は一切、ございませんよ? 無鉄砲な女傑の相手をするだなんて、命がいくつあっても足りません。しかし……その言いっぷりですと、赤薔薇に縁のあるお方でしょうかね?」


 ヴィクトワールには、兄弟や姉妹はいなかったはずと……ラウールは注意深く彼女の空気を読み解きながら、彼女は()()()()の赤薔薇なのだろうかと思いを巡らせる。

 ロッソローゼはロンバルディア四大貴族ではあるが、あまり表舞台に出しゃばるタイプではないため、他の3家に比較すればやや地味な印象は拭えない。しかし、ヴィクトワールの()()()()でもある子爵・レクザシュカ家に代表されるように、傍系の血統だけは多い。現に4家の中でも、枝葉の公認貴族の数は最大だったはずだ。


「まぁ……あのヴィアをそんな風に()()()()()()なんて。ますますいいわ、あなた。口先だけの()()とは格が違うわね……天下の怪盗紳士は。やっぱり側に置くのなら、()()()()()でないといけないわ」

「……」


 赤鷺。その言葉に、ジョナル偽大佐の出自にも気付かされて、ラウールは非常に渋い気分にならざるを得ない。赤鷺とは「結婚詐欺師」の暗喩であり、異性を騙す事に特化した詐欺師を指す。そんな事を頭の中で素早く巡らせては、ラウールは尚もため息をつかずにはいられない。要するに、自分の奥様はその赤鷺に()()()()コロリと騙されたことになるのだろう。


「もし良ければ……お話、聞いてもらえないかしら?」

「No……とは言えなさそうですかね、これは。何せ……あなたがペット(赤鷺)手綱(コントローラー)を握っている側なのでしょうから。ところで……あなたは()()()()()()なのですか? そのくらいは教えていただいても、いいのでは?」

「ふふ。それを聞いてどうされるのかしら? まぁ、いいわ。私はジャネット・ポワソンと申しまして。お察しの通り、赤薔薇のうちの1輪に数えられているわね」


 切り返しもなかなかに小洒落ているが、棘に奢った悪臭を嗅ぎ取っては……ますます気に入らないと、ラウールは()()()()()()()()とは反比例するかのように、気分を白けさせる。きっと、かの女傑(ヴィクトワール)は自分を薔薇の1輪に喩える()()()()はしないだろう。何せ……。


(ヴィクトワール様は堕落した貴婦人ではなく、高潔な軍人ですからね。整えられた庭に咲き誇るだけの美しさを求めたりはしないでしょう)


 これだから、貴族は嫌なのだ。自分は薔薇のように美しいと錯覚し、所構わず咲き誇る権利があるのだと盲信し。常々、上からの視線を周囲に振りまいては、強すぎる香りを残さずにはいられないのだから。しかも、何もかもを所有するのも当然と、誰かさんも呆れる程の強欲っぷりを発揮する始末。流石の大泥棒も、度を超えた欲張り加減にはお手上げだと言いたくもなる。

 そうして、やれやれと肩を竦めながらも罠にかかったフリをするラウール。本当は奥様の浮気現場の観察を続けていたかったのだが……ここまでは()()()()()()()でもあるのだし、放っておいても大丈夫かと、彼女の後ろに控えている馬車に乗り込む。

 とにかく、今は彼女こそをこの場から切り離す方が先決。奥様を守るため……そして、ペットの赤鷺さん(ジョナル偽大佐)のSOSに応えるため。怪盗紳士と誤解された大泥棒は、華やかな腐臭で満たされた赤薔薇の庭で踊って見せましょうと……心の中で口の端を歪めていた。

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