ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(7)
やっぱり変なことに首を突っ込む羽目になったと思いながらも、こうして部屋に引っ込めば、2人きりの時間だけは戻ってくる。焦りは禁物。とりあえずは、今1番気になることを教えてちょうだいと、ラウールも彼女の手元に注目してみる。
「キャロル。メモには、なんて書いてあるのですか?」
「えぇと、何と言いますか……」
「うん?」
2つ折りにされたメモを見つめるや否や、珍しくキャロルが顰め面をし始めるものだから、ラウールも手渡されたメモに目を落とすが。愛のメッセージの素晴らしい出来に、流石のラウールも目眩がしそうだ。
“私を助けると思って、妻になってくれないでしょうか。
彼女達が諦めるまで……彼女達が、いなくなるまで。
もし、この申し出を受け入れてくださるのなら。
明日、フォーティナ軍用線まで来てください。
……そこで、改めて愛を誓い合いましょう”
「……何を寝ぼけた事を言っているんでしょうね、あのテレビ野郎は……!」
「テレビ野郎……? テレビって、もしかして受像機のことですか?」
「いいえ? そっちのテレビではありませんよ。俺が言いたいのは、いわゆるテレビ石……ウレキサイトの方です。瞳の色といい、中途半端な性能といい。もし、彼が予想通りに来訪者に近しい者と仮定した場合、ウレキサイトであればあの情けない風体も、ある程度筋が通るのではないかと」
「ウレキサイト……確かファイバー効果のある鉱石で、硬度は2.5程しかなかったかと……」
ウレキサイトはホウ酸塩鉱物の一種で、繊維状結晶が寄せ集まってできた鉱石である。繊維状かつ平行方向で結合した特徴的な構造を持つことから、ファイバー効果……結晶の組成と光の屈折の関係で、ウレキサイトを通した文字等が浮き上がって見える。そのユニークな特性から、ブラウン管受像機に擬えて「テレビ石」などと呼ばれたりしては、「面白グッズ」として土産屋で売られていることも多い。しかしキャロルが言った通り、ウレキサイトの硬度は約2.5。普段使いにするにしても、非常に脆いと言わざるを得ない。更に……。
「ウレキサイトはただ脆いだけではなく、温水に溶けるという性質があります。……もしかしたら、生き延びるために仕方なく、人間社会に溶け込んで糊口を凌いできたのかもしれません」
「でも、ラウールさん。ジョナル様はこうも言っていましたよ? ……自分は意図せず、今の体質になってしまった、と。そして、彼女達の秘密が効かなかったから、私達もこっち側だと思った……って」
「そうですね。なので……ふむ。やはり、彼女達の秘密を暴かないといけないようですねぇ……。仕方ありません。おそらく、彼は囮なのでしょうから……キャロル」
「ふふ。分かりました。明日、私は指定通りにフォーティナに行けばいいのですね?」
「……非常に不本意ですけど、そうなりますかね。この場合。残りの日程で彼のSOSに応えるには、そうするしかないでしょう。……多分だけど、偽大佐をその気にさせた彼女の方こそが本命でしょうから」
そこまで話し合ったところで、やれやれと首を振るラウール。そうして、ロビーでのジョナルの慌てぶりについても思いを巡らせるが……。
(彼は話の途中で、何かに気づいた素振りを見せていました。あの様子からするに……)
誰かに見張られていたとするのが、適切だろうか。おそらく、ジョナルは内緒でこっそりランデヴーに繰り出したのだろうし、最初の脱力加減からしても、ホテルのロビーは一応は気楽にできる場所だったのだ。それが一転、折角の麗しい若奥様との密会も切り上げるのだから……彼の慌てようは、余程の不都合を示唆してもいたのだろう。
(しかも、偽大佐が見せたあの表情は……恐怖の形相でした。そして……何となく、あんな感じの表情をどこかで見たような……?)
「ラウールさん?」
「あぁ、ごめん。……少し、気になることがありまして。まぁ、今からそんなに気にしなくてもいいでしょう。明日になれば、分かることもあるかも知れませんし」
「そう、ですね……。でしたら、そろそろお休みになりませんか? 私の方は少し、眠たいです……」
「えっ? キャロル……もう眠るのですか?」
明日は不本意にも、離れ離れになければならないのに? それだったらば、今夜もベッタリしてくれてもいいのでは?
しかし、ラウールの思惑を知ってか知らずか、キャロルはふぁぁ……と欠伸をしながら、いそいそとベッドへ引き上げていく。彼が隣に収まることは許してくれるみたいだが、キャロルには無駄にイチャつく気分はない様子。さも無邪気に「どうしたの?」とでも言いたげに、ベッドの上で首を傾げているが……。
(こんな状態で眠れる訳、ないでしょうに……)
普段から重度の夜行性であり、底抜けに寂しがり屋のラウールにとって、キャロルの素っ気ない態度は物足りないのが正直なところだ。しかし、「疲れている時は、おやすみの口づけまでにしてください」と言われていた手前、無理強いは好感度の急落を招くと理解して……雑多な感情と欲望もグッと抑え込む。……それでなくても、万が一の可能性もゼロではないのだ。ペテン師に負けない自信もあるにはあるが、ついでに「愛想の振りまき方を勉強して下さい」とまで言わせている事を考えると、白薔薇の負債はまだまだ残っていると考えるべきだろう。
(仕方ありません……。今夜は抱っこで我慢しましょう……)
そうして、奥様に見事に首根っこを掴まれたまま。大人しく彼女の隣に身を滑らせては、悔し紛れにキャロルを抱きしめて目を閉じる。
折角の新婚旅行なのに、お陰でこっちはハニーとのランデヴーはお預けになったではないか。そうして、やっぱりこの恨み晴らさずしてなるものか……と、ラウールは内心で一方的な挑戦状を握りしめていた。




