ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(6)
呼び出されて、仕方なしにロビーへ出てみれば。そこには昼間の反省を生かしたのか、ディープネイビーの軍服姿のジョナルが、ソファにだらりと身を沈めているのが見えてくる。あまりの脱力ぶりに、別人なのかと錯覚したが……ラウールとキャロルの姿を認めた途端にピリッと背筋を正すのだから、ご本人様には間違いないらしい。
「……全く、こんな時間に何のご用ですか? そもそも、よくここが分かりましたね?」
「お嬢さんが持っていたパンフレットが、こちらのホテルのものでしたので。それで……」
「フロントでロッソローゼを騙って、無理を通したのですね」
まぁ、そんなところです……と、さも情けないと寂しげに笑うジョナルだったが。ラウールの嫌味にも食ってかかってこないのを見るに……彼の今の表情には嘘はなさそうだと、流石のラウールも矛先を収める。キャロルには自分の隣に座るように促しつつ、自身はジョナルの正面に腰を下ろした。
「しかし、よく気付きましたね。キャロルの持っていたパンフレットがこちらの物だって」
「一応、目はいいんですよ、これで。……意図せず、この体質になってから、色々と苦労はしていますけど。意外と便利な部分もありまして。瞳だけは高性能になったものですから、大抵のものはその気になれば、拡大鏡を通したように見えるようになりました」
「だとすると……もしかして、あなたもひょっとすると、ひょっとします?」
ラウールの言わんとしている事を、ジョナルもしっかりと理解したのだろう。示し合わせたように頷くと同時に、あたりをキョロキョロと見渡しては……ここなら大丈夫かも知れないと、安堵の息を吐く。
「……彼女達の秘密が効かなかった時点で、もしかしたらと思ったのですけど。あなた達もこちら側、で合っていますか?」
「不運な事にね。それにしても……今、彼女達とおっしゃいました? それって、もしかして昼間の……」
しかし、先程安心した様子を見せたのも束の間。今度は、何かに気づいたらしいジョナルの顔がサッと曇った。そうして、それ以上の話をするのは憚られるとばかりに、キャロルに熱っぽくウィンクして見せると……ジョナルが1枚のメモを差し出してくる。
「さて……と。あまり長居すると、ハニー達を心配させてしまう。……秘密のランデヴーを怪しまれないうちに、私は失礼する。ふふ……では、レディ・キャロル。素敵なお答えをお待ちしていますよ」
「はい。こちらは後で、拝見します……」
「それで、結構。……何せ、私のハニー達は揃ってヤキモチ焼きでね。かつて私が口説いたことを、いつまでも覚えていて……なかなか解放してくれないんだ。まぁ、私は本気じゃなかったんだけどね。でも……今となっては、本気にならざるを得なくなった」
「……」
最後にさも辛そうに意味ありげな言葉を吐きながら、少しばかり白濁した瞳を潤ませるジョナル。その横顔に、彼はまだそこまで人間を捨てていない存在であるということも、うっすらと見えてくるが。ラウールは彼の瞳にこそ、最大のヒントを見据えては……拡大鏡はきっと素敵な記憶違いなのだろうと、尚も嘆息せずにはいられないのだった。




