ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(4)
「お待たせしました。はい、お代わりをどうぞ」
「あぁ、ありがとう。ククク……やっぱり、コーヒーはこうでなくては。このブレンドだっら、いくらでも飲めますね」
「そう、ですか……。えぇと、それは何よりです……」
キャロルが甲斐甲斐しく淹れてくれたコーヒー(お代わり)を受け取り、不気味な笑いを漏らすラウール。その声に向こう側がダダ漏れだと、奥様の方は呆れてしまうものの。きっと、彼も退屈しているのだろうと思いながら、サラリと慣れたものと受け流す。……ラウールの不気味さをいちいち気にしていたら、気疲れで侵食も待ったナシ、である。
「……それで、ジョナル様のお話ですけど……」
「うん。あの不自然な魅了具合は同類関連の演出なのだろうと、思ったりもしたのですが……その割には、見た目がパッとしないんですよね。だとすると、俺達の同類のセンはないかなと思ったりもするのですけど……」
何かしらのカケラであるのならば、姿形はそれなりに整ったものに形成されるのが常識である。サムのように後付けであっても、すぐさま見た目が変化した具体例もあることから、まずまず曲解もないだろう。その通説を前にしたらば……ジョナル大佐の出立ちは少々、物足りないものがある。
「鼻が高く、それなりの見た目だとは思いますが。しかし……彼の顔の作りは正直なところ、カケラだった場合には及第点にも満たないでしょう。カケラはどんな存在であれ、美しい事が前提。……だから、自分の見た目は作られたものなのだと、辟易してしまうこともありますが。いずれにしても、彼が一般的なカケラである可能性は低いと思われますね」
「でしたら、来訪者さん……とかでしょうか?」
きっと、キャロルはヘマタイトの怪物・サージュや、ジルコンの来訪者・レナクを想定しているのだろう。それであれば確かに、見た目が「美しく変化する」というルールから逸脱することもある。
彼らは言わば、原種の来訪者に近しい存在であり、人間側の都合を組み込まれてデザインされていない。カケラが美しい姿になるのはどこまでも人間側の都合であって、実際には侵略者でもあった古代天竜人の都合ではない。彼らに求められた大元の目的は、移住先の環境改善だけ。天竜人にしてみれば、移住計画の先発隊が美しい必要性は皆無である。
「その可能性が高いかもしれませんね。特に、サージュはそれっぽい姿で人間社会に溶け込んできた実績もありますし。……ふむ。そうなると、彼は何の来訪者なのかな?」
「人を騙す力がある来訪者さん……でしょうか? えぇと、ジョナル様の見た目からすると……」
「白っぽい石……しかも、ちょっぴり猫目がち。だとすると、キャッツアイ効果が発生する鉱物でしょうかね」
そこまで話し込んで、さて……どうしようかなと嘆息するラウール。意図せず関係者と思しき不審人物とお知り合いになってしまったが、ホワイトムッシュから調査依頼があるわけでもないし、それでなくても素敵な新婚旅行の最中である。そんな状況で無駄な仕事を抱え込む必要性もないのが、ラウール側の建前ではあるが。しかし……。
「ま、ヒースフォートの観光も十分に楽しんだことですし、残りはお知り合いの身辺調査に繰り出すのも悪くないかも知れませんね。……実害の程は分かりませんが、あれだけの淑女を誑かして経歴詐称をしているとなると、放っておけない部分もありますし。何より……」
「ラウールさん、もしかして……ロッソローゼ関連で、ヴィクトワール様に恩を売るつもりじゃないですよね?」
「え? そ、そんな事、考えていませんよ? これっぽっちも……」
「怪しい……」
「ヴっ……。ぃや、あの……」
なんとまぁ、呆気ない事かな。ささやかな悪巧みを猛獣使いにアッサリと見抜かれては、空気を誤魔化すこともできずに、コーヒーを情けなく啜る虎猫ちゃん。そんな仕方のない虎猫ちゃんにはサービスだけではなく、ピシリとお熱い鞭を差し上げましょうと、キャロルが妙な加減で身辺調査に乗っかってくる。
「ふふ。でしたら、私……少しの間、浮気してこようかしら?」
「えっ……ちょ、ちょっと待ってください! 何がどうなって、そうなるのですか⁉︎」
「もぅ! そうでもしないと、あなたの捻くれ加減も治りそうにないじゃありませんか。言ったでしょ? 結婚したからにはしっかりと軌道修正も致します、と。折角です。ラウールさんはジョナル様を観察するついでに、愛想の振りまき方を勉強して下さい」
「あ、あの……キャロル? 俺も一応、それなりに努力はしているんですよ? それに……」
「そんなに悲しそうな顔をしなくても、いいでしょうに……。大丈夫ですよ。これはあくまで囮調査ですから。あなたの元を離れるとは申していません。それとも、自信がないのですか? 私がジョナル様に取られると?」
「そ、そんな事、心配する訳ないでしょう! 俺がどうして、あんなペテン師に負けないといけないのです!」
でしたら、少しの間、我慢できますね?
そうして満面の笑みを見せつつも、瞳を真っ赤に輝かせる奥様の様子に、ラウールは偽大佐に興味を示したことを後悔していた。なかなかに……知らぬ存ぜぬを通すのも、難儀なものである。




