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ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(3)

「そんなに難しい顔をして、どうしたのですか?」

「あぁ、ごめん。別に大した事ではないのだけど……例の偽大佐について少しばかり、引っかかっていましてね」


 素敵な観光だったはずが、意図せず変な知り合いを作ってしまったと……ホテルの自室でやれやれと首を振るラウール。既に()()()と決めつけながらも、彼の存在感に()()()()()も感じては、フゥムと尚も唸っていた。

 一方のキャロルは器用に自前の悩みを作りがちな旦那様にコーヒーを差し出して、お話をお伺いしましょうとテーブルの向かいに腰掛けるものの。相変わらず、カフェイン補充時の蘊蓄を漏らす癖は抜けないらしい。きっと、昼間に頂いたコーヒーが散々だったせいもあるのだろう。悩みを吐き出す前に、まずは肩慣らしならぬ舌慣らしと、コーヒーの感動を垂れ流し始める。


「……あぁぁぁ! やっぱり、キャロルが淹れてくれたコーヒーは格別です……! マウント・クロツバメのフルシティは本当にブレがないですね。クリアでありながら、きちんと主張してくる、この深い苦みと力強いボディ! クククク……ナッティな香りは豆が新鮮だからこそ、味わえる余韻というものですね。アフターフレーバーの垢抜け加減も完璧です……!」

「そ、そうですか……。それは何よりです……」


 コーヒーに垢抜ける、垢抜けないの基準は当てはまらないと思う。

 キャロルを置いてけぼりにしつつ、続く彼の解説によると。マウント・クロツバメのフルシティローストは深煎り目にも関わらず、奥行きがある中に軽やかなアニスのスパイスを隠し持っており、刹那の香りは小洒落た裏路地で運命の相手に出会った旅情に通じるものがあるとのこと。

 しかし……正直なところ、キャロルにしてみればそんな事はどうでもいいし、コーヒーを飲む度に運命の相手に出会えてしまうラウールの()()()さも、理解不能である。香りに裏路地があるとは、これ如何に。


(ラウールさんのコーヒー脳は路地どころか、()()になっているのかも……)


 難解で、他者の理解が付け入る隙のない独特な基準で愛しい一杯を楽しんでは、ようやく「難しい顔」の原因もラウールが忘れずに説明し始めるが。……今の講釈は必要だったのだろうかと、キャロルは思ってしまう。


「さて。カフェインが脳に行き渡ったところで……偽大佐に話を戻しましょうか。俺が引っかかっているのは、どうして彼があそこまで()()()()に大佐だと嘯けるのかという事と、周りの皆様もどうして疑いもせず彼の華麗な虚偽を受け入れているのか……ですね」

「そうですよね……。別に騎士団の事を知らなくても、ジョナル大佐のお話は明らかに大袈裟というか、ちょっと無理があったと言うか。信じる人の方が少ないと思います……」

「俺も同感。ですけど……それなのに、彼が連れていたレディ達は偽大佐をお偉いさんとして扱っていたばかりか、擁護までして見せました。それに……彼女達の出立ちに、少しばかり気づいたことがありましてね。おそらく、彼がノアルローゼではなくロッソローゼを名乗ったことに関係があるのではないかと思います」


 ラウールがしっかりと気づいた事。それは彼を取り巻く女性達の装いに落ち着きがありながらも、しっかりと高級感も醸し出されていた点だ。そして、彼女達こそが偽大佐のパトロンだろうというのが、ラウールの見解である。


「……ロッソローゼはロンバルディア四大貴族の中ではやや、変わり種の家系でしてね。芸術や文芸に対しての援助も惜しまない、根っからのパトロン気質なのだとか。特に、昔からロッソローゼの有閑マダム達の間では、学者や芸術家……果ては詩人などを囲っては、育てる事が持て囃されてきた歴史もあったそうです」

「そう、だったのですね。だとすると……」

「えぇ。大佐の周りを固めていたのは、ロッソローゼに所縁のあるご婦人方だと思われます。ヒースフォート領は昔からノアルローゼのホームグラウンドでもあるため、彼がロッソローゼの権威と一緒にヒースフォート領主を名乗っている事自体、最初から無理があるのだけど。でも……その嘘を彼女達が後押ししてしまっているから、彼は()()()でいられるのだとも思います」


 ロッソローゼの名前が齎すのは、凹凸だらけの嘘さえもメッキ塗装できてしまう、圧倒的な包容力。そして彼女達にそこまでさせるのは、ジョナル大佐の怪しげな魅力……と、そこまで考えて、再度やれやれと首を振るラウール。

 その魅力の出所が天然でかつ、混じり気のないものであったのなら、それに越したことはないのだが。きっとそうではなかろうと、考え込んで。またも迷宮に入り込みそうになる思考を整理する意味でも、もう少し話に付き合ってほしいと……ラウールはキャロルに素敵な一杯(カフェイン)の追加もお願いするのだった。

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