銀河のラピスラズリ(12)
真夏の満月はいささか低い所にかかるものだから、必要以上に輝きが強すぎる……そんな事を考えながら、足元の崖下に聳えるアッティヤ寺院の屋根を見定める、グリード。そうして、崖に埋もれるような寺院の立地に……なるほど、と唸る。
(自信満々に警察の協力を跳ね除けるだけは、あるという事なのでしょう。ここから屋根までは、20メートル以上の落差がある。しかも……)
自己主張の強い月光に照らされて黒光りしているのは、屋根という屋根に張り巡らされた……ただの鳥除けにしては随分と厳つい無数の矢尻にも似た刃物だった。それがまるで自分を警戒するかのように、こちらに向いているのを認めると……グリードは一層楽しそうに、紫色の目を細める。
……この状態では、普通は屋根からの侵入は無理だろう。しかし、まるで崖そのものをくり抜いたかのような絶壁に位置する寺院には、壁を伝って侵入するという隙もあまりない。そうなると、細い石橋のかかっている正面のみがマトモな出入り口という事になりそうだが……そんな正論が通用しないのもまた、神出鬼没の所以たるもの。折角なので、最もハードルの高そうな……それでも、普段から渡り慣れている大好きな屋根を侵入経路に選ぶと、意気揚々と崖から滑り降りる。そうして敢えて矢尻の上に着地すると、細い鋒の上でバランスをとりながら、刺を物ともせずに屋根を疾走するグリード。そんな風にして、無事辿り着いたポッカリと口を開けている簡素な窓から、殊の外ヒンヤリとした廊下に舞い降りる。しかし……。
「あちゃー……経路選び、失敗しましたか? まさか……こんな所にも張っていらっしゃるなんて、思いもしませんでした」
「やはり来たな、怪盗・グリード!」
「お前なんぞの侵入口など、とうにお見通しだ!」
「……フン、我らの罠にまんまと嵌りおって! 間抜けもいい所だな!」
「そういう事ですか。随分と窓にしては不格好だと思ったんですよね、このお勝手口。もしかして……わざわざ俺のために、急拵えで作ってくださったんですか? いやいや、こんな風に歓迎していただけるなんて、思いもしませんでしたから……。クククク……なんて愉快なんでしょう!」
廊下に滑り込んだ瞬間に数多の銃口を向けられても、尚。余裕の態度を崩さずに、その場で腹を抱えて大笑いし始める怪盗。黒尽くめな彼の様子があまりに不気味なものだから、思わず僧の1人が手元の慌てん坊を猛らせるが……。
「おやおや……リーシャ真教というのは、殺生は問題ないのでしたっけ? ……全く。皆さんの神々しい衣装は見掛け倒しなんですかね?」
どういう仕組みかは知らないが、彼を貫くはずだった銃弾は、その指の間に挟まれており……まるで手品よろしく、取り出したそれを、グリードがグローブを嵌めた手で弄び始めた。さも面白そうに、さも愉快そうに……何度も指で宙に浮かせていたかと思ったら、最後は思い切り壁に弾き飛ばす。そんなとばっちりを受けた壁が、今度はピシリと大袈裟な音を立てたものだから、ようやく相手が不気味以上の何かだという事を理解したのだろう。フライングでつい発砲してしまった若い僧を目元だけで睨みつけると、恐怖で縮んだように悲鳴を上げ始めるのが、どこか遣る瀬ない。
(とは言え……どうしましょうかね、これは。俺の方は人は傷つけず、がポリシーなんですけど。こちらにその気がなくても……あちらの様子じゃ、すんなり通してくれなさそうですねぇ……)
文字通り裸足で逃げ出した若い僧が走り去った先から、今度は鋭い悲鳴と銃声が木霊してくる。そんな薄暗い廊下の先に自慢の瞳が捉えたのは……ガラガラと愚鈍な音を立て、若い僧だったものを蹂躙しながらやってくる、物々しい何か。しばらく、そのご登場を苦々しい思いをしながら待っていると……ヤケに豪奢な袈裟を纏った高僧らしい男と、黒光りする物騒極まりない銃器を運んでいた6人組がいよいよ目の前に現れた。どうやら彼らの方は、有無を言わさずグリードを木っ端微塵に吹き飛ばすつもりらしい。こんな所で蜂の巣だけは御免被りたいが……さて。この状況、本当にどうしようかな。




