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ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(2)

「おぉ! なんと、美しい! そちらのレディ、お名前は?」

「へっ? レディって、私のことですか? キャロル、です……」


 周りに色とりどりのレディを侍らせていても、まだまだ足りませんとでも言いたげに……ズカズカとラウールとキャロルのテーブルへ歩み寄っては、恭しく膝を突く人気者。どうやら、彼が嬉しそうな顔をしたのは、キャロルとお近づきになりたかったかららしい。いかにもな様子で、勝手に彼女の手を取ると……いきなり口付けしようとするのを、既のところで差し止めるラウール。


「いきなり、何をするのです! 俺の妻に、一体何のご用ですか?」

「妻……? あぁ、失礼。まさか……レディはご結婚されているのですか」

「は、はい……」


 あまりに美しかったから、つい……と、悪びれずに頼みもしない、自己紹介を始めるが。彼の存在は最初から最後まで、胡散臭いものがある。軍服を着込んでいる時点で、何かに()()()()()()のだろうとは思っていたが……彼が語る華やかな経歴に、今度こそ呆れてしまうラウール。そもそも、平常時に()()()()()()を着ている時点で、色々とおかしい。


「申し遅れました。私はジョナル・ロッソローゼと申しまして。ロンバルディア騎士団では、大佐の地位におります。それで……ヴィクトワール叔母上から直々に命ぜられ、こちらのヒースフォート領を統治しておりまして」

「はい、ストップ、ストップ。まず……ロッソローゼ、ですか?」

「えぇ、そうですよ。あの四大侯爵家のうちの1つで……」

「いや、それは存じていますよ。ですけど、それ……本当ですか? 本当に、ロッソローゼがヒースフォートの統治をしていると? しかも……あのヴィクトワール様に甥っ子がいたなんて、初耳なのですけど……」

「失敬な! 無論、全て本当のことだ。大体、君はなんなのかね? ……まぁ、いい。折角だし、そちらの美しいレディには是非に、私のことを存分に知っていただかねば。それでだね……」


 ()()()()()を防いでやろうと、ラウールが堪らず止めに入ったというのに。朗々と自分語りを続けては、自己陶酔も絶頂と……周囲の女性からもうっとりとした視線を浴びながら、舞い上がるジョナル大佐。しかし、最初から華麗すぎる経歴が嘘だらけなのに、ラウールとキャロル以外は気付こうともしないらしい。あまりに華々しい自己紹介に、黄色い声もノンストップの状態だが……ここまでくると、ラウールとしては痛ましい以上に、哀れにさえ思えてくる。


「ふ〜ん……で? あのロンバルディア王立大学を、主席で卒業されたんですか?」

「一応、ね。まぁ、私にかかれば……」

「La mentira no es buena?」

「はい?」

「いや、ですから……La() mentira(メンティーラ) no() es(エス) buena(ブエナ)?」


 ロンバルディア王立大学を主席で卒業していれば、ラウールが口走ったマルヴェリア語も理解できていいはずだろうに。これだから、()()はよろしくないと……流石のラウールも意地悪するのも馬鹿馬鹿しいと、眉を顰めてしまう。


「……キャロル、そろそろ行きましょうか」

「え、えぇ……そうですね。これ以上お話しするのはきっと、こちらの方にとっても不都合でしょうし……」

「は? いや、ちょっと待て! それはどういう意味だね⁉︎」

「説明した方がいいんですか? この場で? まさか、皆さんの前で?」

「だから、それこそ、どういう意味だね⁉︎」

「あの……ジョナル様。今、主人は“嘘はよくないですよ”とマルヴェリア語で申し上げたんです。確か、大学では第二外国語としてマルヴェリア語は必須科目だったと思いますし……今のが分からないとなると、多分……」

「ヴっ、頭が……!」

「一体全体……なんですかね、この茶番は」


 キャロルが仕方なしに、種明かしをしてみると……今度は妙に芝居がかった様子で頭を抱えては、悶絶してみせるジョナル大佐。そうして、これまた胡散臭い感じでキャロルにグイグイ迫ってくるが……。


「じ、実は……私には記憶がない部分がありまして……。確か、以前あなたのように美しい妻がいたと、思うのです……。それで、きっとあなたと一緒にいればかつての記憶も取り戻せると思って……」

「……先程まで、淀みなく華麗なる経歴を披露していたのは、どこのどちら様でしたかね?」

「だから! お前は黙っておれ! このロッソローゼ大佐に失礼だと思わないのかね⁉︎」

「記憶がないのではなかったのですか?」

「ヴっ……お前のような奴がいると、意識が混濁して……あぁ、助けてください……! マイ・レディ……!」


 哀れな様子を醸し出してはキャロルに縋るジョナル大佐に、周りのレディ達は「なんて、可哀想に……」とこぞって彼を慰めつつ、ラウールとキャロルを睨みつけ始めるが。取り巻きの皆様もこぞって芝居がかっているものだから、ラウールとキャロルはそろそろ呆れるのにも疲れていた。


「一応、申し上げておきますと。ロンバルディア騎士団は今も昔も、中将クラス以上は全員ノアルローゼ出身者のみですよ。ヴィクトワール様が例外なだけであって、他にロッソローゼ出身者はいません。それと……ご忠告も差し上げておきましょうかね。白い軍服は式典用ですので、陸軍であればマットブラック、空軍であればディープネイビーのものを着用するように指定されています。セレモニー以外に白い軍服を着るのは、軍規違反にもなりますから、重々ご注意を」

「えっ……そうなの?」


 もう、全てにおいて馬鹿馬鹿しい。そうして、キャロルを連れて強引にその場を後にするが。しかして、ここまで明らかにジョナル大佐が「嘘をついている」とはっきりと示してやっても、周囲の熱は冷める様子もない。彼女達の異様な情熱に、素敵な観光地(デートスポット)以外の熱源もしっかりと勘繰っては……これはまた、厄介そうな相手と顔見知りになってしまったと、ラウールは小さく息を吐いた。

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