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ウレキサイトに浮かぶ赤鷺(1)

 知らぬ存ぜぬ、記憶にございません。今は素敵な素敵な新婚旅行の真っ最中。雑多な懸念事項なんぞ、思い出してなるものかと……ラウールは努めて、朝刊に踊っていた悪夢を記憶の奥に封印し。美しい景色を楽しまねばと、キャロルと見事な緑のトンネルを散策していた。

 通称・恋人達のトンネル、正式名称・フォーティナ軍用線。この路線はヒースフォート城が城砦として機能していた時代に、旧・シェルドゥラへの遠征路にも使われており、ヴランヴェルト先までの約400キロメートルを軍用列車が走行していたが。しかし、かつての軍用路はすっかり観光地(デートスポット)としてリユースされており、深い木立に囲まれた区間は惜しげもなく無料で解放されている。そして、この緑のトンネルを潜ったカップルは永遠に結ばれるという、相当に有難い評判もあることから……ヒースフォートでも選り抜きのデートスポットとして、知名度も抜群なのだ。


「緑のお散歩コースは全長5キロなのですね。意外と長い気がします……」

「そ、そう? 俺は長過ぎる位がちょうどいいかな……なんて……」


 実は相当にきな臭い()()がある線路の上を歩きながら、パンフレット片手にキャロルが連れない事を言い出すが。ラウールとしては5キロと言わず、キャロルと一緒ならどこまでも歩きたいのが本音である。……こんな所で5キロでさえも長いなんて言われたら、結婚生活の先行きも短い気にさせられて、焦ってしまうではないか。


「キャロル、疲れたら遠慮なく言ってください。君を抱き上げてでも、完歩して見せますよ」

「そんな恥ずかしいこと、できるわけないでしょう……。もぅ、大丈夫ですよ。心配しなくても、ちゃんと最後までご一緒します。ですけど……」

「うん、まぁ……ここは相当に有名なデートスポットですからね。考えることは皆、同じなのでしょう」


 道幅はそれなりに広いと言えど、視界を占領するのは緑の回廊をぞろぞろと歩くカップルの群れ。自分達もその中の1ペアである以上、文句を言う資格もないのだが。……色々とロマンティックな雰囲気がぶち壊しなのは、否めない。


***

「……なんでしょうね。つくづく、痒いところに手が届くというか、商売上手と言うか……」

「は、はい……。途中に()()()()()お店があれば、普通に寄ってしまいますよね……」


 散歩コースの折り返し地点。お熱い恋人達の喉も渇く頃だろうと、非常に気の利いたことに、散歩コースの途中には小洒落たカフェが数軒並んでいる。そのうちの1軒にさも当然と誘われるように、ラウールとキャロルも足を踏み込んでしまうが……まぁ、まぁ、メニューを見るだけでも()()()ことこの上ないと、ラウールは嘆息してしまう。これも観光地の()()というものなのだろうが、コーヒー1杯で銅貨5枚は明らかにぼったくりの域だろう。しかも……。


(……なんて、酷いブレンドなのでしょう……。香りが中途半端なら、雑味も強い。何より……)


 ほんの少し氷で薄まっただけなのに、コーヒー本来の苦味も深味も何1つ伝わってこない。あまりに薄っぺらい味わいに、別の意味でうぅむと唸ってしまうラウールだったが……意外や意外、キャロルが注文したアイスティーはそこまで酷い出来ではないらしい。彼女の方は概ね問題なさそうな顔をしている。


「キャロルは大丈夫なんですね……。あぁ、俺も今回ばかりは紅茶にしておけばよかったかな……」

「コーヒーのお味はそこそこ、だったのでしょうか? でしたら、1口いかが? こちらは普通に美味しいですよ?」

「一口いかが……ですって……?」


 それって、要するにそういう事……だろうか? これはいわゆる、間接キスなのでは……?

 さも当然と自分のグラスに添えられているストローをラウールに差し向けては、キャロルいかがと首を傾げる。その光景を前にすれば、コーヒーの良し悪しなど、最早どうでもいい。明らかなるラッキーイベントに、何故か恐る恐る、遠慮がちに彼女のストローに唇を近づけるラウール。しかし、魅惑のシチュエーションに到達……というところで妙な喧騒が店内に響くものだから、緊張ついでにラッキーチャンスも逃してしまう。ヒョコッと間抜けに飛び上がってしまっては、不器用なラウールは体裁を取り繕うこともできない。


(うぐ……! お、俺としたことが……!)


 折角の素敵なイベントを()()にしてくれたのは、一体どこのどいつだ。

 ラウールが恨みがましく、非常に渋ーい顔を上げてみれば。彼の視線の先には、妙に仰々しい軍服を着込んだ男が大勢の女性にチヤホヤされているのが、否応になしに入り込んでくる。


「……なんでしょうね。あの方、もしかして有名な方なのでしょうか?」

「さ、さぁ……。人気者には違いないみたいですけど……」


 キャロルの言う通り、人気者には違いなさそうだが。しかし、()()()()()の割には胡散臭い雰囲気が充満していると、ラウールは鼻白んでは面白くない気分にさせられていた。兎にも角にも、この()()晴らさずしてなるものか。そうして勝手に剣呑な空気を着込みだしたラウールだったが……彼の一方的な挑戦状は、しかと相手にも届いてしまった模様。何故か人気者の方もこちらに気づいては、ご迷惑にも嬉しそうに近寄ってくるのだった。

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