ズバッとお仕置き!スペクトロライト(24)
慣れたくもない仕事場で、特別素材から作り出したスペクトロライトの合成石を渡す代わりに、報酬を受け取るヴァン。そうして今日も今日とてご機嫌らしい、レディ・ニュアジュにちょっとした世間話を振りまいてみるが。彼女の答えは、意外なものだった。
「あぁ……あの義手はウチの製品じゃないわよ」
「あれ? そうだったのですか? 僕はてっきり、ご主人様の息がかかった逸品だと思っていましたけど」
「そうだったら、とっても良かったのでしょうけどね。あの義手は……憎たらしいことに、向こう側が作り出したものよ」
「向こう側……?」
手元の紅茶を口に含みながら、ニュアジュが折角のご機嫌を一気に曇らせては、さも忌々しいと教えてくれるところによると。彼女の言う向こう側とは、同類の組織のことらしい。まさか、こんな事をしている秘密結社がもう1つあるなんて、想像もしたくないが。ニュアジュが鼻を鳴らしながら言うことには、向こう側の首領は恐れ多くも原初のカケラの1人なのだそうだ。
「原初のカケラって、まさか……」
「えぇ。そのまさか、よ。正式名称・金緑石ナンバー1、今はアダムズ・ワーズと名乗っているみたいね。で……アダムズの所も、こっちと同じような研究をしているみたいで。……本当に忌々しいことに、こちらよりも研究資源も精度も上みたいなのよ。だから……何かと、ご主人様も気を揉んでいるわ」
精巧なカラクリに、対象者を取り込むまでの強力な核石。それを生み出す技術は、まだこちら側にはないのだと……ニュアジュはさも面白くないと、フンと嘆息するものの。ヴァンにしてみれば、警戒しなければならない相手が増えたばかりか、余計な秘密を抱えてしまったことも暗に示していた。
(この秘密を……僕は彼らに黙ったまま、暮らしていこうと言うのか? あれ程までに、愉快な隣人達を……欺いて生きていかなければならないのか……?)
ヴァンに与えられた指令の最終目標はイノセントの確保。その命令が書き変わる事はこの先もきっと、ないだろう。何せ、彼らのご主人様は望んでもこちら側になれなかった野心家なのだ。その彼にとって原初の彗星は何がなんでも手に入れなければならない、欲望と願望を満たす最終手段には違いない。
原初の彗星は心臓が優れたカケラの原材料になるだけではなく、存在そのものが希少な肉体の原料ですらあるのだ。彼らの生体組織を培養して受け皿を作り出せば、核石への適性を無視して生まれ変わることも可能だろう。しかも、ヴランヴェルトの研究成果によれば、脳の一部さえ残っていれば適性が全くなかった者でもカケラとして生まれ変わることができると、さりげなく実証済みでもあるため……原材料さえあれば、彼らのご主人様の「覇王になる」、延いては「最高の存在になる」という願望はそこまで現実離れした話でもない。とは言え……今はまだ、その研究成果は犬止まりではあるが。
そんな中、ニュアジュの言う「向こう側の組織」はそんな原材料がなくとも、核石込みの体の一部を作り出す技術を遺憾無く発揮してきたのだ。あの銀行強盗犯の腕はおもちゃ込みではあっても、どこまでも無機質な金属でできていた。義手には核石以外の素材には生臭い材料は用いられていないようだったし、バロウに適性があったかどうかはともかく……彼を「悪魔憑き」のレベルまで変貌させることまで可能にしていた。それは要するに、体の一部を取り替えるだけでカケラに近しい存在になり得ることを示してもいたし、明らかな成果の差を見せつけられたに等しい。
そのことに何かと負けず嫌いなご主人様が気を揉むのも、無理はないと……ヴァンはやれやれと首元を摩っては、ため息を吐く。
(これはまた、面倒な事を知ってしまった気がするな。……どうしようかな。僕はどうすればいいのだろう?)
ラウールさんご一家と仲良くなったのは、あくまで任務のため。もちろんそんな事はヴァンも分かっていたし、痛いほど理解もしている。しかし一方で、彼らとご近所さんになり過ぎたヴァンにはもう、彼らを欺き切る自信もなかった。できる事なら、彼らと平穏に暮らしていけるに越した事はない。
「……何れにしても、僕もそっちには警戒しておきますよ。あぁ、そうだ。一応、経過報告をしておきますと……例の純潔の彗星とは一緒に食卓を囲めるまでに仲良くなりましたし、弱点になりそうな傾向も掴んでいます。ですけど……まぁ、あれ程のメンバーが揃っていますからね、あの店も。意外と隙もないものですから、もう少し、待ってもらえます?」
「仕方ないわね。それこそ、金緑石ナンバー3は向こう側の最高傑作みたいだし。あのヴィクトワールの息もかかっているとなれば、ターゲットが厄介な場所にいるのは、間違いもないでしょう。大丈夫よ、ご主人様は分からず屋ではありませんから。しばらくはスペクトロライトの合成石の生成をしながら、機会を狙って頂戴。……アメトリンの完成品であれば、相手を油断させるのもお手の物でしょうし。しっかりとキッカケを作ってくれれば、それでいいわ」
「……」
ご主人様のご機嫌の猶予はまだあるらしい。その現実に安堵しつつも、結局m、ニュアジュも自分のことを誤解していることを理解しては、これ以上は余計なことも言うまいと押し黙るヴァン。今はとにかく、サムの所に帰ろうと形式だけの挨拶をして部屋を後にするが。……必要以上に華やかすぎる紅茶の余韻に、渋い気分にさせられる。やはり、自分はどこかの誰かさんに感化されすぎてしまったらしい。今はとにかく、サムとコーヒーが恋しいのだから……悲嘆を感じ取り、傷心を癒やすことこそが得意分野だったアメトリンが、聞いて呆れるではないか。




