ズバッとお仕置き!スペクトロライト(23)
文房具店でノートを買い求めた後、何気なく街をブラブラしては……サムはぼんやりと昨晩の出来事と、今朝のやり取りとを思い出していた。ヴァンの言う通り、彼らはどこまでも「犯罪者」であり、この先もずっと「追われる身」であることも間違いない。それでも、もう少し助けようがあったのではないかと、サムは未だに後悔に苛まれている。
しかし、ウジウジと悩んでいる間に、またも既に帰る場所もないはずの故郷の街に足を踏み込んでしまっていたらしい。残された余計な習性に、サムは頼りない自分に嫌気と苛立ちとを覚えていた。
(また、ここに来ちゃった……。本当に、僕は何がしたいんだろう。あの時みたいに、必死になる必要もはもうないのに。でも……僕がここに戻ってきちゃうのは、慣れているせいなんだ。そればっかりは……仕方ないのかも知れない……)
俄に熱くなった腹の辺りを急激に冷ましては、彼がそう諦めるのも無理もない。
かつては仕事を終えたら、サムは無我夢中で帰り道を全力で走っていたのだ。仕事場での立ち位置に多少の変化はあるとしても、毎日毎日、悪いことをしては捕まらないように必死だった。そんなサムにしてみれば、頭で道順を考えるよりも、道筋を覚え切った足が動く方が早い。さも当然のように繰り返されていた毎日のルーティンを、まだまだホームシックが抜けないサムが忘れることは難しい。
(とにかく、帰ろう。ここはもう、僕がいていい場所じゃない)
包んでもらったノートの紙袋をキュッと握りしめ、寄り道もそこそこにサムは帰ろうと踵を返す。しかし、そんな彼の肩をチョンチョンと突いては、話しかけてくる者があるではないか。今のサムは、この街でかなり目立つ格好をした部類に入るだろう。きっと物乞いだろうと思いながら、無視するのも可哀想だと仕方なしに振り向くサム。だけど、そこに立っていたのは……忘れたくても忘れられない相手だった。
「ねぇ、僕。こんな所で何してるの?」
「えっ? 少し、迷ってしまって。でも、帰り道を思い出したから、大丈夫です……」
「そうなの? フゥン……まぁ! その紙袋、もしかしてオモテ通りの店のものじゃない?」
「そ、そうですけど……それが、何か?」
どこか胡散臭く安っぽい空気を醸し出す姿に、サムはやっぱり「彼女は変わっていない」と内心で落胆していた。そして、彼女のことをよく知っているサムにしてみれば、どうして抱えている紙袋に言及してくるのかを予想するのも容易い。
「……この中身はノートです。お姉さんが欲しがるようなものは入っていません」
「あら? そうなの? まぁ、残念。だったら……」
「……差し上げられる余分なお金も持っていません」
「もう、僕ちゃんは意外と生意気なのね? まぁ、いいわ。そんなケチな事を言わないで。見た限り、結構いい所のお坊ちゃんな気がするし……ね、ね。本当に少しでいいの。恵んでくれないかしら?」
「……」
けばけばしく、派手な色味のワンピース。きっと、つい最近に恵まれた金貨で揃えたものなのだろう。そのあまりに惨めで情けない姿に、流石にサムも愛想が尽きそうだ。
「……いくら着飾っても、いくら豪華な服を着ていても。……中身が醜いままなのは変わらないんだね。分かったよ。……銀貨を1枚上げるから、僕のことは忘れてください」
きっと、ずっとずっと……変わらないままなんだ。失望ついでに、サムは施しようのない諦念を抱きつつ……最後に、彼女に問う。
「だけど……ねぇ。そうやって人に物乞いするだけの人生に、なんの意味があるの? ママは……ママはずっとそのままでいるつもりなの?」
「マ、ママ……? と、言うか、今のどういう意味よ! 醜いって、私のことかしら⁉︎」
「……もう、いいです。はい、これ。約束の銀貨。そうそう……確か、僕の値段は銀貨5枚だったっけ。売り飛ばされた後、その子がどんな思いをしたか考えたこと、ありますか? あなたは……自分だけが変われないことが恥ずかしくないんですか?」
「えっ……?」
そこまで一方的に吐き出して、見放すように銀貨1枚を取り出して手渡すと……サムは「さようなら」と力なく呟いては、走り出す。
もう、何もかも忘れよう。もう、何もかも諦めよう。
この街はもう、自分の帰れる場所じゃない。
この街はもう、自分が来ていい場所じゃない。
バイバイ、僕の故郷。バイバイ、僕のママ。
そう、この街で過ごした記憶は、真っ黒な不幸の記憶。そんなもの、捨ててしまった方が絶対に幸せに違いない。
滲んだ景色をゴシゴシと拭っても。見上げた空は我関せずと言わんばかりに、真っ青で。その青が懲りずに揺らいでいくのを止められないまま、サムはトボトボと帰り道を彷徨う。それでも、新しい居場所への道を記憶し直そうと……サムはゆっくりかつての習慣を置き去りにするように、中央通りへの戻り道を歩き出した。




