ズバッとお仕置き!スペクトロライト(22)
「あの人達、死んじゃったんだね……」
「みたいだな。警察に撃ち殺されるんて、思いもしなかったけど……」
ヴァンから文字を教えてもらって、ようやく読めるようになった新聞を見つめるものの。サムは朝刊に踊る、悲しすぎるニュースに朝から気分を落ち込ませていた。
「僕があの時、きちんと止められていれば、こんな事にはならなかったのかな……。それとも、あのまま逃してあげれば、この人達は今も……」
「それはどうだろうね? 正直なところ……僕は遅かれ早かれ、彼らは死んでしまうだろうなと思っていたけどね」
「えっ?」
ヴァンのやや冷たい意見に、サムが思わず新聞から顔を上げれば。両手から湯気を上げているコンソメスープの片方をサムにも差し出しながら、ヴァンが向かいに座る。そうしてヴァン自身も悲しげな顔をして、サムに「遅かれ早かれ」の意味を説明し始めた。
「……どこまで逃げようと、どこまで足掻こうと。彼らはもう、後戻りはできない凶悪犯でしかなかったんだよ。考えてごらん。彼らは銀行で関係のない人達を既に、たくさん殺している。どこに行っても指名手配犯だろうし、どんなに頑張っても本物のヒーローにはなれないんだ。いつまでも逃げ続けられる程、人間社会は甘くないしね」
指名手配犯の生活なんて、想像もできないけれど。掏摸に精を出していた頃は、殺されないにしても……逮捕されることにビクビクしながら過ごしていたことを、サムは思い出す。
「そっか。そう、だよね……。いつまでも逃げ続けられる訳、ないんだよね。それに、いつも捕まるかも知れないって怯えていなければならないのも、辛いかも……」
ポツリと呟くサムに、ヴァンは「そうだね」と小さく呟きながら、彼の頭を撫でてやる。既に外観も変わってしまっているため、サムが怯える必要はもうないだろうが……それでも、彼の中に残った後悔は消えやしないだろう。例え、母親のためだったとしても。サムが掏摸をしていた事実は変わらない。
「……彼らは大胆に有名になり過ぎたと、僕は思うよ。だから、刑務所で穏やかに刑期を過ごすなんて生ぬるい処遇には絶対にならないはずさ。良くて即処刑、或いは……こっそりと連れ出される可能性が高い。凶悪な囚人を実験に使うのも……悲しいことだけど、よくあることらしいんだよね。まぁ、どっちに行き着こうとも……彼らに穏やかな明日が来ることはまず、ないだろう」
「そっか。……そうなんだね」
サナ達によれば、バロウの腕の出どころは調査中とのことだったが。あれ程までに精密な義手に秘密の原動力まで仕込んであった時点で、自分達に近しい関係者の手によるものであることは、間違いなさそうである。
ヴァンが「こっそり連れ出されて」と注釈を入れたのにはそれなりに心当たりがあり、深いワケもあるのだが。それ以上は自分のことのように気落ちしている優しいサムを傷つけかねないと判断しては、話題を切り替えた。
「あぁ、そうそう。今日は少し用事があってね。サム、お留守番できるかい?」
「えっ? ヴァン兄、出かけるの?」
「そうなんだ。もう、そんなに寂しそうな顔をしなくても、いいじゃないか。すぐに戻るよ。お土産にお菓子も買ってくるから、いい子で待ってて」
「べ、別に……寂しくなんかないやい。留守番くらい、できるもん」
「そうか、そうか。それなら安心だ」
どこかはぐらかすように朗らかに笑うヴァンではあったが。サムはなんとなく、用事が後ろ暗い仕事であることは分かってもいた。何せ、サムも意図せず「そちら側の事情」はよく知り得る羽目になったのだ。自分がどんな場所に連れられて、どんな目的で手術をさせられたのかだってよく知っていたし、ヴァン自身が「その事」に従事していることを何よりも嫌っているのも、よく分かっているつもりだった。
「……別にヴァン兄のせいじゃないと思う」
「本当にサムは優しいんだから。そんな事まで気づいたり、気にしなくてもいいんだよ。そうだ。折角だし、気晴らしにサムはノートを買ってきたらどうかな。ほら、練習帳がなくなりそうだって言ってたろ?」
「う、うん……。そうだね。僕も文字が書けるようになった方がいいよね。お店のためにも」
きっと、ヴァンは深く考えるなと言いたいのだろう。いくらサムの性質量が50%程とは言え、懸念事項が侵食を早める仕組みはヴァンのそれとなんら変わりない。それでなくても、サムは聡い上に優しい。気にしなくていいこと、気を使わなくていいことも丁寧に拾い上げては、心を痛めていたりするので……「お勉強」で気分を紛らわせた方が、精神衛生上の面でも都合がいい。
「それじゃ、出かけてくるよ。サムも、出かける時は戸締りはしっかりしてくれよ」
「分かってる。ヴァン兄、行ってらっしゃい。……気をつけて」
「ハハ、ありがとう。大丈夫さ。……慣れている仕事だからね」
慣れていると自嘲気味に言ったところで、そのお仕事は慣れたくもない過酷な精神労働に他ならない。他の命を犠牲にしてきたことさえ、まざまざと思い出させるような光景は……いくら必要以上に陽気なヴァンとて、見慣れたくない景色でしかなかった。




