ズバッとお仕置き!スペクトロライト(21)
(これは一体、どこをどう理解すれば良いのでしょうか……?)
素敵な新婚旅行はまだまだ、折り返し地点。予定ではあと2泊3日も残っているし、今日はラウール自身の希望でヒースフォート郊外から伸びる緑に包まれた廃線路、通称・恋人達のトンネルで森林浴を楽しむつもりなのに。しかし、最近の新聞はどうも、旦那様のご機嫌を叩き落とすのにも余念がないらしい。奥様の準備が済むまでの時間潰しも兼ねて、コーヒーを啜りつつ。カフェに何気なく置かれている朝刊相手に、ふむふむと唸っていたかと思うと……すぐさま、またも眉間のシワを深めてしまうラウール。父親もどきの受難は娘もどきから遠く離れていようとも、滞りなく配達されてくる。
そんな彼の懸念事項は大きく分けて3つ。
まず、1つ目。
例の銀行強盗が警察によって「射殺」されたこと。新聞によれば、ベスとバロウに打ち込まれた銃弾の数は150発以上、実際に命中したのは80発以上というのだから、完璧にやりすぎだろう。彗星の如く現れた「ダークヒーロー」の無惨な死に様に、善良な市民の皆様から抗議やら、苦情やらが警察に絶え間なく届いていると記事には書かれている。
……彼らの出現のキッカケを作ったのが宝石鑑定士なら、彼らが犯罪を重ねるための足を用意してしまったのは大泥棒である。しかも、またまた弁明役をさせられているらしいモーリスの困り顔が、記事のモノクロ写真でさえも不憫に見えるのだから……弟としては居た堪れない以上に、なんて詫びれば良いのか分からない。
更に、懸念事項の2つ目。
やや眉唾物だとタダシが付いているものの……バロウが実は悪魔憑きで、黒い怪物に変身しては街中で暴れ回ったと書かれているではないか。「こちら側」の存在について残渣の記録さえ知り得ない一般市民であれば、バロウの変貌を「悪魔憑き」で片付けるのは当然の反応かも知れないが……。目撃者の証言から起こされた人相書の様相に、「悪魔憑き」が発生した原因を嗅ぎ取っては、ラウールは尚もため息を吐かずにはいられない。
きっと、大元は「黒っぽい石」だったのだろう。鱗のような羽毛を生やした鳥の悪魔……ともなれば、同じような姿形をしたベニトアイトのなり損ないを思い出すのも、思考の飛躍ではないはずだ。
(ここまでの内容だけでも、頭が痛いのに……。最後のこいつは何の冗談でしょうね……?)
そして……最後に最大にして、最悪の懸念事項だが。
突如出現した悪魔を前に、街の善良な皆様を救おうと立ち上がったのはハール君こと、怪盗紳士・グリードの息子だと書かれているではないか。しかも、ハール君の出現こそが皆様の最大関心事だったようで……ラウールが何気なく手にした朝刊の1面を華々しく彩っている。これまた、目撃者の証言から起こされた人相書を見つめれば。ご丁寧にもカラーで印刷された風貌に、ラウールは割れそうになる程に頭を悩ませていた。
(サムがこんな大胆な真似をするなんて……あぁ、いや。きっと、ヴァン様の差金でしょうかね……? しかも、この彼の手に握られているのは……)
Épée sacrée en argent……白銀の聖剣とある時点で、この剣はどう頑張ってもボケ竜神が張り切った姿だろう。妙に神々しい通称名をもらったダモクレアが、ここぞとばかりに得意顔をしているのが脳内に浮かぶようで……ラウールは頭だけではなく、普段は活動的ではないはずの胃までをキリキリと痛め始めた。……なるほど。この悲惨な状況はイノセントとヴァンが結託して、悪ふざけした結果か。
(選りに選って、俺達の留守中に皆さんでハール君ゴッコで盛り上がらなくてもいいのでは……?)
今朝はお気に入りのコーヒーさえも、ラウールの気分を上向かせられない上に、逆効果でさえある。カフェインが補充されて、思考がクリアになればなる程……雑多な心配事が沸々と湧いてきては、悩み多き父親もどきの眉間に深いシワが再々構築されていく。
自分の近くに「悪魔憑き」が都合よく出現したとなれば。よし来たとばかりに娘もどきが自信満々にデビルハンターゴッコにのめり込むのも、予想に難くない。
しかも、こんな事を奥様の耳に入れたら、今すぐに帰ると言われかねないではないか。だとすれば、ここはとにかく……。
「お待たせしました……って、あら? あなた……もしかして、気分が優れませんか? 妙に元気がないような……」
「いやいやいや! そんな事は断じて、ないよ。君が心配するような事は、本当に何1つないから!」
「そう? だと、いいのですけど……」
徹底的に、知らぬ存ぜぬを通すに限る。
そうして、持ち込んでいた洒脱なツーピースを着込んだキャロルと合流しつつ。思いっきり観光を楽しまねば損だと、懸念事項ごと眉間のシワも胃痛も一緒に引っ込めて。……こっそりと後でお世話役には電話をしようと意気込むラウールだった。




