ズバッとお仕置き!スペクトロライト(20)
コフンコフンと、今時流行りの蒸気音を唸らせて。ベスがお借りした蒸気自動車で向かっているのは、バロウが放り込まれていると思われる留置所。
ロンバルディアではお高く留まった上流意識に相応しく、刑務所(刑場含む)は全て中央街以外の地区に配置されている。しかし、流石に逮捕した相手をノータイムで刑務所送りにする訳にもいかないと、仕方なしに1箇所だけ辛うじて関連設備として設置されているのが、ミリュヴィラ郊外に位置する留置所だった。なので、中央街で捕まった被疑者は留置所に集められ、速やかに各刑務所へ「配送」されていくが……そこは警察の力が妙な加減で強いロンバルディアのこと。所定の持参金がない場合は待ったなしで刑務所送りとなり、身内に警察関係者がいない場合、酷い時は家族にさえも入所先の通達が数ヶ月後になったりする。……ロンバルディア警察は雑多な部分で事務処理も相当に、杜撰なのである。
(とにかく、急がなければ。バロウの居場所が分かっているうちに……)
だから、ベスはとにかく焦っていたのだ。誰の目から見ても凶悪犯の自分達に、穏やかな刑務所暮らしなど用意されているはずもないだろう。行く先も公表されずに移動された挙句に、部屋を充てがわれることもなく、刑場まで一直線のパターンも十分あり得る。しかし……。
(あ、あれ……は?)
キキキッと、一丁前に摩擦音を響かせながら、ベスが慌てて蒸気自動車のブレーキをかければ。ベスの焦りもひとまずクールダウンと、従順でスマートな蒸気自動車はクフンクフンと燃料を燻らせ、お利口に停まって見せる。だが、その時のベスには蒸気自動車をお利口ねと褒める余裕はない。何せ……。
「と、止まれ! バロウ・チャンパー! と、止まれと言って……わぁぁぁッ! お、お助け〜!」
「こっ、こら! 逃げるんじゃない! お前達、構わん! 撃て、撃て!」
【うる、さい……ムシケラども。ワタシのジャマはするな……!】
「ヒィッ! こ、こっちに来るな! 悪魔!」
ベスが駆け込んだ留置所は既に銃撃戦真っ只中の光景ではあったが、警察官達が果敢に立ち向かっている相手は既に人の形を留めていない。黒い鱗で覆われた肌に、禍々しい角。二足歩行で歩きこそするものの、牙をゾロリと揃えて、お誂え向きの翼まで生やしている姿はどこをどう見ても、悪魔のそれでしかない。
「バロウ……なの? あれが……」
自分のよく知っている、間抜けで根は臆病だったバロウだと言うのだろうか。
その姿を見た瞬間、ベスは自分でも理由が分からないまま、ボロボロと泣いていた。どうして、こんな事になったのだろう。どうして、バロウが変わらなければならなかったのだろう。どうして……誰も助けてくれなかったのだろう。自分達はただ、振り出しが孤児だったというだけなのに。ただただ……お腹が空いていただけなのに。
「バ、バロウ……。バロウ! こっち、こっちよ! さ、迎えに来たわ! 一緒に逃げましょう!」
【あぁ、また……オマエか。ナニしにキタ?】
「見ての通り、迎えに来たわ。今度こそ、きちんと逃げて……ちゃんと、やり直しましょう? だから……」
【うるさいぞ、アバズレ。このカラダはもう、ワタシのモノだ。バロウなんてものは……】
「べ、ベス! 助けてくれ! 俺は……!」
悪魔憑きに誂えたように、1つの体から2つの声色で喚くバロウ。ベスに対して、少女の声で暴虐の言葉を吐いたかと思えば、すぐさまバロウ自身の声で懇願の言葉が飛び出す。そうして、ようようバロウはベスの姿をしっかりと認識したのだろう。姿形は悪魔のままでも、ベスの方に縋るように歩み寄ってはその手を取った。
「……大丈夫よ、バロウ。今まで、散々振り回して……ゴメンね。今度はちゃんと、2人でやり直しましょう?」
「そう、だな……うん。そうだ。今度こそ……クリスマスの七面鳥を盗まなくてもいいように、どこかで……」
ベスとバロウが初めて犯罪に手を染めたのは、互いに15歳の時。無策にも孤児院から飛び出した寒空の下、折しもオルヌカンは厳粛なクリスマスシーズン真っ只中であった。街の至る所では、控えめながらも楽しそうな雰囲気と一緒に、伝統料理を並べる店もひしめいており……そんな空気に、空腹を抱えた子供が我慢できるはずもなく。どうしても、それらしいご馳走が食べたくて……とうとう、2人で七面鳥の丸焼きを盗んだのが、彼らの犯罪歴の始まりだった。冷めていようが、クランベリーソースがなかろうが。クリスマス前に盗んだ七面鳥はベスとバロウの腹を満たしては、一時的な後悔と反省以上に、一足早い安息を齎した。
それから本格的に泥棒へ落ちぶれるのは、本当に早かった。教養も頼る相手もない子供が生き抜くにも、社会の風はあまりに冷たい。そんな中で生き延びるために、子供だてらに盗みを覚えては……比較的安全な置き引きで小銭を稼ぎ、それなりに暮らす日々が続く。空腹で眠れない日もある、贅沢とは縁もゆかりもない不安定な毎日。晴れていても、曇っていても……雨の日は当然のこと。2人に幸運の青い鳥が舞い降りることは、決してなかった。幸運に恵まれないのなら、手に職もない人間が生き延びる手段は限られる。犯罪に手を染めるか、汚れ仕事に従事するか。大抵の場合、その2択のみだ。それでも……逆境の中で2人で食い繋いできた事は、互いの救いでもあったのかも知れない。
「あぁ、そうだ。これで……」
「さぁ、信じて。私達に素敵な明日が来ることを……」
思い出と一緒に自我を取り戻して、バロウが人の姿に戻った刹那。手を取り合い、ようやく自分達の行く先を見つけられたというのに……その邂逅を無慈悲な破裂音が切り裂く。そうしてものの見事に頭を貫かれては、ガクリとバロウがベスの前に倒れ込むと……初手の勇気に追従せよと、容赦無く2人に追加の銃弾が打ち込まれた。
「キャァぁぁぁッ!」
素敵な明日なんて、とうとうやって来なかった。生まれも育ちも恵まれなければ、運命や幸運にもそっぽを向かれ。激烈な破裂音を掻き消すようなベスの断末魔は、最後の最後まで一瞬の幸せさえも許されないまま……夜空の真っ黒な羽毛へと、吸い込まれていった。




