銀河のラピスラズリ(11)
結局、ラウールが用意した薬包を警部に渡す事になり……傷心のモーリスが帰宅する頃には、既に辺りは暗くなりかけていた。そんなモーリスをソーニャが温かく迎えてくれるのに、思わず泣きそうになりながら2階に上がると……窓際では弟がいつも以上に真剣な面持ちで、手元のマスクに細工を施しているのが目に入る。
「お帰りなさい、兄さん。……お仕事、お疲れ様でした」
「ただいま……そう言えば、そのマスク……あぁ、そうか。今夜はとうとう満月か。でも、それは何の装飾なんだろうな。僕も今まで、お目にかかった事がない気がするけれど……」
「確かに俺もこいつは初めて使いますね。……これは“ライトニング・クォーツ”の装飾です。通称・雷水晶と呼ばれる鉱石でしてね。浄化作用の高いクリスタルの中でも、飛び切りの威力を誇るなかなかに珍しい宝石なんですよ。まぁ、雷に打たれて出来上がるだけあって……形は歪ですけれど」
モーリスの萎れ具合を敢えて気にも留めずに、何かを鼓舞するように今回のマスクの装飾の説明をし始めるラウール。どうやら流石の怪盗も、水銀中毒を相当に警戒しているのだろう。今回はドミノタイプではなく、フルフェイスタイプのマスクを選んだらしい。そんなマスクの縞模様を丹念に青銅色で塗り上げた後に……虎の牙をライトニング・クォーツに差し替える。
「しかし、その様子だと……警部の具合はあまり良くなかったようですね?」
「……今回ばかりはほとほと、自分がイヤになりそうだよ……。どうして僕はこうも、肝心な事に気づけないんだろう……」
マスクの説明を腹に落とし込んだついでに、ガックリと肩も落とすモーリス。そんな彼の様子を居た堪れないとばかりに……ソーニャがまずは一息、とコーヒーではなく、温めのホットミルクを差し出してくれる。しかし、そんな優しい配慮の詰まった乳白色に口をつける代わりに、モーリスはいよいよ涙も落とし始めた。
「僕がきちんと……気づけていれば……グズっ……」
「そんなに悲しまないで。ホルムズ警部の体調不良は、兄さんが悪いわけではないでしょう? しかし、兄さんが泣かないといけない程に……そんなにも警部の具合、悪かったんですか?」
「あ、あぁ……。体の節々が痛むなんて、おっしゃっていたが……何だか意識も朦朧としているご様子だったし、結局、今日は昼前には体調不良で早退されたんだ……」
涙声でそんな事を呟くモーリスの返答に、心得たように何かの準備を始めるラウールとソーニャ。その上で、思いも寄らない事を言い始める。
「……でしたら、モーリス様。すぐに出かけるご準備を。これは……泣いている場合ではありませんわ」
「え? ……えぇと、どういう事……?」
「兄さんは警部のご自宅の場所、ご存知ですか? 今すぐにソーニャと一緒にヴェーラ先生と……ウィルソン先生に往診のお願いをしに行くのです! 早くッ!」
鬼気迫る弟の咆哮に、まるで雷に打たれたように神経を騒つかせるモーリス。結局、手渡されたホットミルクを口にしないまま、ソーニャに手を引かれて家を後にするが……その只ならぬ空気に、この間からずっと脳裏に張り付きっぱなしの後悔が膨張していくのを、確かに感じる。いつかの約束の話に、弟の判断力が鈍っている事を心配したけれど。……判断力が鈍っているのは、自分の方じゃないか。どうして……こうも自分は何もかもに、気づけないままなんだろう。




