ズバッとお仕置き!スペクトロライト(18)
(あぁ、ここはどこだ? それと……)
あの生意気なガキはどうなった?
自分が「ズバッとお仕置き」される側の化け物になっていた事さえ、忘れては……バロウはちょっぴり痛む頭を抑えて、ようやく身を起こす。しかし、目覚めたら目覚めたで、自分を取り巻く環境が最悪なのにもすぐに気づいては、狼狽える。まさか、ここは……?
(もしかして……ブタバコか⁉︎)
ご名答。
彼の視界に広がるのは、どこまでも不自由な必要最低限のプライベート空間。無機質で無愛想な冷たい灰色の壁。突破も買収も通用しなさそうな、無骨な鉄格子の嵌った扉。そこは所謂、留置所……刑が決まる前の被疑者を一時的に勾留するための場所であるが、バロウのように顔の割れた有名人は裁判を待たずとも本格的な刑務所へ輸送されるのは、目に見えている。しかも……。
(な、ない……! 金貨が、ないっ……⁉︎)
ポケットにねじ込んであった金貨だけが、律儀に押収されているではないか。とっても素晴らしいことに、ロンバルディア警察は金目の物に対する嗅覚と探知能力はずば抜けている。その研ぎ澄まされた感覚が事件解決に生かされれば、良いのだが。これまたとっても麗しいことに、美味しい思いができればいいと考えている者が多く、雑多な意味でゲンキンでゴキゲンなナイスガイの割合が非常に多い。……正直なところ、真面目に働いているのはごくごく一握りだというのだから、本当に情けない限りである。
「く、くそぅ……これじゃ、どっちが泥棒じゃ分かりゃしねぇ!」
(そう、ね。本当に……呆れちゃうわね)
「なんだ、お前……まだいたのか?」
(えぇ、おかげさまで)
自分の右胸に潜んでいるらしい少女の声に警戒しつつも、ちょっとだけホッとするバロウ。Blocked in every direction……放り込まれたのが八方塞がりの状況であれば、相手が誰であろうと、1人よりは2人の方が心強い。しかも、彼女にはとっておきの秘策がある様子。バロウに画期的な打開策を提示しては、自分を今度こそ受け入れろと強要し始めた。
(私を受け入れれば……腕くらい、すぐに元通りよ)
「ほぉ! そいつは凄いな。しかし、受け入れた後の俺はどうなるんだ?」
(心配しなくても、大丈夫。……逃げるための力と、ご主人様のところへ帰るための力をあげるわ)
「ご主人様……? いや、待てよ。俺はご主人様とやらに尽くす気はないぞ」
(あら? 腕を治してもらうついでに、謝礼まで受け取ったのはどこのどなただったかしら。……良いこと? あなたは買収済みなの。今更……逃げることなんて、許されないわ)
声色が急に変化したかと思うと、ゾワリと嫌な感じで右胸が疼く。しかし、その発信源はバロウに深く根付いている様子で、切り離す事さえできない。
「お、おい……いや、やめろって! 俺は……!」
(自分のままでいたい? ……ふふ。思いあがりも程々にしておくことね。あなたがあなたのままでいることに、どんな価値があると言うの? 私が手助けしてやらなかったら、間抜けな臆病者のままだったじゃない)
だから、今度こそ死んでちょうだい。私のご主人様のために、体だけを譲って欲しいの。
彼の内に根付く少女がバロウの右胸から全てを制圧しようと、左胸へと手を伸ばす。もちろん、手を伸ばすというのは言葉の綾ではあるが、バロウを襲う体内を這うような不気味な感触は「手を伸ばす」なんて穏やかなものでもなかった。ジクジクと血管を容赦なく進軍しながら、少女……ダークオーラクォーツの核石がバロウを取り込むべく、謝礼金の対価として彼の意識を取り上げてしまおうと苛斂し始める。
「や、やめろ……! 俺はそんなつもりで……」
(いいえ、やめないわ。それに……ほら、見て! 私を受け入れれば、こんなこともできるのよ? 凄いでしょう?)
「あ、あぁ……?」
せっかく目覚めたというのに、またも曖昧になっていく意識の中で、辛うじて失ったはずの右腕が再生している事くらいは認識できるものの。しかし、その腕はかつての人間の腕でもなく、取り付けられた機械の腕でもなく……悍ましくも仄暗く輝く、鱗に覆われた怪物の腕だった。




