ズバッとお仕置き!スペクトロライト(17)
まだ頭がズキズキと痛む。それでも、ベスはフラリと立ち上がっては、朦朧としている意識の中でもバロウを探す。未だにふらつく足を懸命に動かしながら、それとなく大通りに出てみれば……そこには気絶したままで警察官達に引き摺られていく彼の姿があった。
右腕は破損したまま、血液代わりの潤滑油がボタボタと流れている。生きてはいるようだが、ただただ運ばれている姿はまるで、ボロ雑巾のよう。荷物扱いもいい所で、最後はやや投げやりかつ、ぞんざいに護送用車に押し込まれては、蒸気自動車に先導された馬車ごと走り去って行った。
(そう。バロウは捕まってしまったのね……。だとすると……)
自分達の所業からしても、その罪状に伴う刑罰は厳しいものになるだろう。なにせ、彼らが銀行強盗殺人を犯したのはロンバルディア中央街が初めてではない。ある意味での振り出しでもあるロツァネルを始め、道中で目ぼしい大銀行があれば片っ端から襲って来たのだ。しかし、彼らが頭角を顕してから「有名なダークヒーロー」でいられたのは僅か2ヶ月ほど。その間は確かに、悠々とは言わないにしても、それなりに贅沢な時間を過ごしたと言えるのかもしれないが。ベスは段々と凶暴になっていくバロウの変化にこそ怯え、最後の方はどうしてこうなったのだろうと、後悔する日々が続いていた。
(やっぱり、真面目に働く事を考えた方が良かったのかもしれないわね。だけど……いいえ、そうよ。私達には……平穏な明日はもう、なかった)
オルヌカンとルーシャムでは、どこに行っても「前科者」。働こうにもまともな職など、ありつけないに違いない。その上、ベスもバロウも極貧の孤児院出身でもあったため、教養らしい教養は持ち合わせていなかった。
幸いにも彼らの保護者達は子供に手を挙げるような人間ではなかったが、教育を施すまでには余裕もないし、そこまで出来た人物でもなかったようである。子供達には街に出て「稼いでくる」事を強要し、その上前をハネることで孤児院を維持していたフシもある。そんな「搾取される側」の子供達にちょっとした夢と希望を振りまいていたのが、たまに「寄付」をしてくれるらしい、噂の怪盗紳士だった。
(……あぁ、そうだった。私達は彼のようになりたかったんだっけ……)
怪盗紳士が施しをしてくれた日には、ほんの少しでもお菓子がもらえる。しかも、食事もちょっとだけ豪華になる。だけど、彼が夢を見せてくれるのは本当に僅かな日数だけ。数ヶ月に1日、あるかないかの頻度だった。だからこそ、ベスとバロウは怪盗紳士に頼らずとも「美味しい思い」をしたくて、孤児院を飛び出したのだ。そして、彼と同じように誰もが憧れる「スーパースター」になるのだと……野望だけを持ち寄って、夢だけは捨てずに来たというのに。だけど、彼らは本当の意味で「スーパースター」にはなれなかった。……いや、この場合はその限りではない。ベスとバロウも含む、民衆はみなそもそも怪盗紳士というものを大いに誤解している。
本人が口を尖らせているように、彼はどこまでも泥棒……つまりは犯罪者である。英雄扱いをしていい相手では決してない。それなのに……こうして、彼に憧れては「悪い事」に手を染める者もいるのだから、彼を含めて「スーパースター」という名の「ダークヒーロー」を生み出している世間様の土壌こそを、考え直す必要があるのだろう。しかし、怪盗紳士が振りまく「ヒーローショー」の夢はとっても素敵な憂さ晴らし。こんな調子では、この街が大泥棒が吐き出す虚構の悪夢から目覚める日はそうそう、来ないに違いない。
しかし……ベスはかの大泥棒の悪夢から少しだけ、醒めようとしていた。所詮、彼は夢を与えるだけ与えて、結果に関しては責任を取ることもないし、自分達に興味を持つこともない。自分に金貨を恵む事も、自分を導く事もしないスーパースターなんぞに、縋る必要もないだろう。
(彼のようになって、お金持ちになれればいいと思っていたけど。でも……私達には彼のようにはなれなかった。だって……)
強くもないし、泥棒としての腕前も未熟。いざ力尽くで事を起こしたとて、怪盗紳士のように華麗に逃げ果せる事もできなければ、小粋なファンサービスに勤しむ事もできない。できる事と言えば、荒唐無稽に歯向かうものを蹂躙しては、奪うことのみ。これのどこに、憧れの怪盗紳士と肩を並べる要素があるのだろう。
そんな事を沸々と考えつつ。夕食時に無理やり呷ったウィスキーの酔いがすっかり抜け切った今となっては、痛みが残るベスの頭も不思議と冴えてくる。そうして、今度こそきちんとやり直すのだと……こっそりと裏道へ引き返し。まずはバロウを助けなければと、ベスは策を練ることにするのだった。




