銀河のラピスラズリ(10)
3杯目のコーヒーをソーニャから受け取り、ブラックのまま啜り始めるラウール。そんな彼の様子に、ようやく話を出来そうだと考えながら、モーリスが気がかりの原因を話し始める。今回の警備に警察が門前払いを食らった以上、ここは大人しくラウールの手助けを借りたほうが賢明と言うものだ。
「ラウール。……ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいか?」
「おや、改まって如何いたしました? 兄さんが俺に相談なんて、珍しいですね?」
「うん。実は……今回の捕物に警察は参加できなくなったんだ。だから、いつもの逃げ道は使えなくなりそうで……」
「あぁ、そうなんですか? そいつはかなり、困りますねぇ。何せ、警察の皆様のご活躍がなければ……兄さんのフリをして逃げるという、裏技が使えなくなるじゃないですか」
悪びれる事もなく、アッサリと今回もモーリスを利用しようとしていた事を白状するラウール。と言うのも、彼が毎回予告状を出す目的が警察の出動なのは、紛れもない事実でもあって……まぁ、予告状自体は本人の遊び心が最大の原因なのも、否めないが。それでも、ラウールを普段から心底心配しているモーリスにしてみれば、逃走手段に自分の存在を利用されることはある意味で、何よりも迎合するべきことだった。
「しかし……また、どうして? 折角、アレキサンドライトの時はちょっと花を持たせてあげたのに。……まさか、見限られてしまったんですか?」
「それもあるかな。だけど、どうも……警察の出動に関して、先方の方で揉めに揉めててね。お前の予告状を持ち込んだルトさんの話だと……彼のお姉さんの修行を利用して、悪事を働いている奴らがいるみたいなんだ。……で、彼らにしたら、不正が明るみになるかもしれない警察のお出ましは、この上なく都合が悪いんだろう。それで、大多数一致で警察はいらないって判断になったらしい」
そうしてついでに、ルトが切々と語った事を説明し始めるモーリス。だが話が進むにつれ、まるで自分の事かのように悔しさを滲ませながら……彼の逆境を話し終える頃には、モーリスの目頭は熱くなっていた。
「そう……さっきの兄さんのお怒りは、それが原因だったんですね。それはそれは……さぞ、悔しかったでしょう」
「あぁ……何だろうな。少しお話を聞いただけなのに……お姉さんの信仰を踏みにじられているのを、とても悲しそうにされていて。だから……つい」
「いいんですよ。兄さんが悔しさを向ける方向がそっちであるなら……俺はこれ以上、何も言わない事にします」
「……そっち?」
「あぁ、別に大した事じゃありません。それは今は気にしないでください。ところで……兄さん。さっきの話にあったお茶、ルトさんも一緒に飲んだのですか?」
どこか話の核心をはぐらかした挙句に突然、不思議な質問を投げてくるラウール。しかし、こういう時のラウールは肝心な事を話してくれることは、まずない。そんな彼の意地悪も織り込み済みと……仕方なしに質問に答えるモーリス。
「あぁ、そう言えば……ルトさんの方は香りを嗅ぐだけだったかな。でも、それはきっとゲストを優先してくれた結果だろうし、あの茶器の大きさだと2人分が精一杯だと思うけど……」
「2人分? それじゃぁ……兄さん以外に誰がそのお茶を飲んだのです?」
「今日はホルムズ警部と一緒だったんだ。だから、もう片方は警部がお召し上がりになったよ」
モーリスの返答にいよいよ難しい顔をし始めるラウール。そして、何故か一緒に話を聞いているソーニャも眉を顰めているが……ご厚意で提供されたお茶の、何が問題だというのだろうか?
「……兄さん、もし……もしですよ? 明日出勤された時に万が一、警部の顔色が悪かった場合は……この薬を使ってやってください」
「これは?」
「ヴェーラ先生特製・水銀中毒用のキレート剤です。日常的に水銀を用いているような寺院で出されたお茶に、それが含まれていないとは、保証できません。兄さんはほぼほぼ生身とはいえ、アルコールや毒物への耐性はしっかりあるでしょう? ……兄さんが平気でも、警部の方が平気だとは限らないんですよ」
「だ、だけど……そのお茶は普段、ルトさんも飲んでいるって……」
「忘れたんですか? ルトさんの話が本当なら……彼のお姉さんは水銀に対する適性がある事になります。それはつまり……その弟らしいルトさんにも同じ適性があっても、不思議ではないという事です」
「……!」
そこまで説明されて、事の深刻さを痛感するモーリス。少なくとも……明日出勤した時にはまず、色々な意味でホルムズ警部の顔色を窺うことから始めないといけなさそうだ。




