ズバッとお仕置き!スペクトロライト(7)
ここはローサン街の一角。落ちぶれている街にあって、一応は高級らしい安宿の一室で、銀行強盗2人組が祝杯を上げている。しかし、ご機嫌なのは2人のうち、大男だけらしい。申し訳程度の軽食を摘みつつ、彼の顔色を窺うようにしている女の方は、昼間とは打って変わって怯えた表情を見せていた。
「ふぅ〜っ。今回も上手くいったな、ベス」
「そうね、バロウ。だけど……」
「あぁ? 何だよ。何か、文句でもあるのか⁉︎」
「い、いえ……。うぅん。……何でもないわ」
金貨をばら撒いて、避難先も確保しては……こうして支援者達が用意してきたご馳走と酒で、一時の空腹感と達成感とを満たすが。バロウの右腕を覆う鈍い輝きが目に入る度に、ベスは言い知れぬ不安を募らせていた。その金属の腕を得てからと言うもの……バロウはかつての間抜けさを忘れたように、乱暴かつ残虐になっている。そして、あれ程までにベスに振り回されていたと言うのに、今ではバロウの方がベスを振り回しては、彼に合わせるよう強要するまでになっていた。
とあるハプニングに見舞われ、脱臼したバロウの指をケアしなければと……最初は彼らも常識的な手段で、まずは病院を頼ったのだが。ブラックリスト入りしていることを理由に、どの病院もバロウの治療を請け負おうとさえしなかった。それもそのはず、彼らが犯罪者名簿に載っている理由は「詐欺罪と偽造罪」である。故に、彼らが差し出す銀貨は公的な信頼を失っており、オルヌカンはおろか、ルーシャムでも彼らを受け入れる病院はなかったのだ。
ベスとバロウはあまり深く考えていなかったが、「犯罪人名簿に顔写真付きで名前を登録される前科」を拵えることは、生活の選択肢が大幅に狭まることも含んでいる。特に病院や市役所など、公的機関のチェックは非常に厳しく、新たな登録者がいると職員への周知も徹底される。そのため、彼らの顔は国内中で「割れている」状況になっていた。
そうして……行く先々で断られ続ける間に、バロウの指は手術をしない限り、治らない状態にまで悪化してしまう。しかし、手術どころか初期治療さえしてくれなかった病院が、バロウの指を治してくれるとは思えない。だからこそ、彼らはオルヌカンを見限ってはロンバルディアへ逃げてきたのだが……。
(まさか、宝飾店で怪我を治してくれるなんて、思いもしなかったけど……)
バロウの曲がり切ってしまった指を腕ごと復活させたのは、病院でも接骨院でもなく……なぜか、ロツァネルに支店を置く宝飾店だった。何でも、その宝飾店では特殊金属を使った怪我の治療を研究しているとかで、被験者を随時募集しては逆に謝礼金まで恵んでくれると言うではないか。そんな常識外れな厚遇に、これも何かの思し召しと……2人は思い切って、バロウの指の治療をお願いしてみたものの。なぜか治療範囲は指だけではなく、腕丸ごとになっていた。
もちろん最初は2人も驚いたし、当のバロウも相当に困惑したようである。しかし……結果的には腕が高性能になった上に、材質は頑丈そのもの。道ゆくゴロツキさえも、パワフルな剛腕1本で容易く陥落するとあっては、それまでは日陰者だったバロウの気が反動で大きくなるのも、無理もなかったのかも知れない。しかし、成功体験に味を占めたバロウが真っ先に思いついたのは、いわゆるカツアゲではなく……どこかの誰かさんの呟きがキッカケの、銀行強盗だった。
「なんだ、ベス。浮かない顔をして。心配事でもあるのか?」
「えぇと……強盗はともかく、殺しはマズいんじゃないかと思って……」
「別にいいだろ、その位。何せ、大銀行にいる奴らは漏れなく貴族様だぜ? ほら……見ろよ、この記事。俺達をヒーロー扱いしているじゃないか。貴族相手だったら、何をやっても許されるんだよ、このロンバルディアでは」
「……」
バロウの明らかな危険思想に怯えながらも……ベスはせめて気分くらいは紛らわせようと、ウィスキーを呷りつつ、ラジオの掠れた音に耳を澄ませる。ラジオは先程まで、バロウの上機嫌を支えていた彼らの活躍をお喋りしていたかと思えば、今は気まぐれに洒落たジャズを口ずさんでいた。そうして、そのジャズ……“バイ・バイ・ブラックバード”通りに「不幸な自分にさようなら」がロンバルディアでは叶うと信じて。不幸な黒い鳥ではなく、幸せの青い鳥を探すのだと……ベスは軽妙な中にも哀愁漂うトランペットの音色に、いっそのこと酔いしれてしまおうと必死だった。




