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ズバッとお仕置き!スペクトロライト(5)

「ただいま〜……」

「おっ、お帰り。お使い、ご苦労様」


 そうそう、ミセス・ハイデルベッカーから早速オーダーのお返事があったんだ……と嬉しそうなヴァンを尻目に、サムの気分はなかなかに上向かない。もちろん、お得意様の()()()()()は自分の説明に納得してくれた結果でもあるのだろう。それはそれで、純粋に嬉しいのだが。しかし……サムが帰り道に見つけてしまった光景は、その達成感さえも霞ませるものだった。


「どうした、サム。君のおかげで、注文が入ったのだから……もっと嬉しそうにしてもいいんだぞ? それとも……何か、あったのか?」

「……ヴァン兄」

「うん?」

「僕……ママにとって、なんだったんだろう。……毎日毎日、ママのために頑張っていたのに……。ママは……ママは……」


 そこまで言って、とうとう堪えきれなくなったらしい。まだまだ流し足りぬとばかりに、やっぱりボロボロと涙を流すサム。弟分の様子に彼が()()()してきた事も見抜きつつ、ヴァンがそれでも優しく嗚咽混じりの事情を聞き出せば。サムはサムで、蟠りを吐き出しつつ更に泣きじゃくる。


「……そう。サムはママに会いに行っていたんだ。だけど……」

「う、うん……ママはきっと、僕がいなくなっても……平気なんだ。僕、ママにお願いされて……いけない事だって分かっているのに、掏摸をしてた。……最初は靴磨きとか、煙突掃除とかもやっていたんだけど。あまり稼ぎが良くないからって……」

「う〜ん……そいつはちょっと、なぁ……。だって、サムはまだ13歳だろう? そんな子供に()()()()をさせるなんて……。親がするべき事じゃないな。だけど、稼ぎの額以前に、君のママはサムが一生懸命稼いだお金を何に使っていたんだろうね?」

「なんとなくだけど……」

「なんとなく?」

「ママが……色んな男の人に会いに行っていたのは、ちょっとだけ知っているんだ。だから、男の人に会いに行くためにママは綺麗な格好をしないといけないんだと、思ってた」

「……」


 その答えから見えてくる()()に、ヴァンはさもやり切れないとため息をつく。きっとサムの父親はグリードではなく、彼の言う「色んな男の人」の中の誰かだったのだろう。サムの母親はその嘘を誤魔化すために、ちょっと()()()()話を少年に刷り込んでは、彼を働かせていたのだ。


「ママは衣装代にお金を使っていたのか。それは……悔しいよな。サムはママの為に働いていたのに、ママの方はサムがいなくなっても、変わっていなかったんだ。……サムが虚しくなるのも、無理はない」

「あぁ、そうか。……僕、虚しいんだね。ママに忘れられたのが、悔しいんだ。きっと、そう……なんだよね……」

「僕にはサムの悔しさは分かってやれないけど……でも、同意くらいはできるよ。……どんな形であれ、大切な相手を()()のは辛い事なんだ」


 例え、相手が生きているとしても。互いが、互いに知っている相手ではなくなった時。……それも、一種の別れには違いない。

 そうして、自分の感情がようやく落ち着く先を見つけても。サムはやっぱりどうすれば良かったのだろうと、嗚咽を堪えては歯噛みしている。どうしたら、2人で幸せになれたのだろう。どうしたら、母親と一緒に生きていられただろう。どうすれば……今も一緒にいられたんだろうか。


「それで、サムはどうしたい? ママと一緒に暮らしたいのかな? だったら、僕もそれなりに考えるよ。だけど……」

「ウゥン、僕はもう……ママとは一緒に暮らせないって事くらい、分かってる。だって、見た目も変わっているし。()()も守らないといけないんでしょ?」


 だけど、後戻りできないのはサムにも分かっている。()()()()の存在になってしまった以上、どこまでも一般人(俗物)の母親がすんなりとサムを息子として()()()する可能性は低いし、受け入れたとしても……彼の稼ぎを頼っては、自堕落な生活から抜け出そうともしないに違いない。何せ、今も昔も。彼女は自分の手で稼ぐことは最低限しかしてこなかった。そんな彼女に食い扶持(サム)を再び戻したところで、這い上がるきっかけになるとも思えない。


「さて、と。そう言えば、今日はメクラディ(水曜日)じゃないか。ほら、サム。ママを忘れろとは言わないけど……とにかく、顔を洗っておいで。ご近所さんに、お食事とデビルハンターをご一緒してもらうんだろ?」

「あっ、そうだった。……うん、そうだね。すぐに顔を洗ってくるよ。それで……」

「大丈夫さ。こっちもちゃんと、お土産は用意してある。今日のチョコレート……イノセントちゃんも気に入ると良いのだけど」


 メクラディ(水曜日)の午後7時は、デビルハンターのショータイム。サムにしてみれば、電気技師店の店先で盗み見ることしかできなかったトーキーアニメではあるが。今ではご近所さんの受像機とは言え、間近で余すことなくアニメーションを見つめる幸運にも恵まれている。しかも、抜かりなくプリンセスへ鑑賞会のお供(おやつ)を差し出せば、まずまず先方は文句もないらしい。

 そうして、そろそろ出かけましょうかと店の施錠をしっかりとして。ヴァンとサムは数メートル先のご近所さんのお店へ、気晴らしも兼ねて出かけるのだった。

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