ズバッとお仕置き!スペクトロライト(4)
何かに引っ張られるように、かつての住まいにやってきたものの。目の前には相変わらず、ただあるだけの荒ら屋が見窄らしい様子で建っている。その寂れ具合にさえ込み上げるノスタルジーを胸に、サムは遠慮がちに窓(だったはずの壁の穴)から中を窺うが……そこにかつての母親の姿はなかった。
(そう、だよね。だって、ママは……)
昼間は殆ど、いなかったじゃないか。
彼女が日中に何をしているのかは知らないし、今となっては知る必要もないだろう。それでなくても、今のサムは雰囲気だけではなく、顔つきまで変化している。これでは母親がいたところで、息子だと気づいてもらえないかも知れない。
カケラと呼ばれる者達は、性質量に関わらず全員が「作られたように美しい姿」をしている。それはラウールのように最初からカケラだった者でも、サムのように後からカケラになった者でも変わらないし、後者の場合は瞳の色に始まり、顔つきまで変化し始める。容姿の変化は偏に、宝石の持つ美しさや魔力に影響された結果でしかないが、彼らが作られた目的に付随する、欲望が顕在化した結果でもあった。
「永遠」も醜い姿のままで得られるよりは、美しい姿で得られた方が圧倒的にいい。研究者達や、研究資金を支えるクライアント達は永遠と同時に、「若く健康的で美しい肉体」をも求めていた。故に……カケラ達は「永遠を過ごすために適した姿」を留めるように作られており、成長速度然り、外見然り……彼らが適した姿で寿命を永らえるのは、研究者達によって「デザインされた存在」であることを示す証明の一端でもあった。
後付けのカケラの変化スピードは核石の大きさと適性の有無にも左右されるが、サムは適性持ちかつ、埋められた核石の素がそれなりに大きかった。その上、彼らは一律、侵食を早めるために精神的なコントロールも施されている。
カケラの精神は痛めつけられれば、痛めつけられるほど核石の侵食が早まる。工場のオーナーは運ばれてきた子供達に「明るい未来はない」という閉塞感と絶望感を与え、「生きること」を諦めさせようとしていた。生きる望みを与えれば、回収は可能だとは言え、折角の核石が馴染まない可能性もあり得る。しかし……それでは、非常に困るのだ。自身を高める機会を得られたというのに、台無しにされては非常につまらない。だからこそ、彼女は幸福の少ない「恵まれない子供達」に狙いを定めるのであり、「人生に楽しいことなんてない」と教え込むことで、彼らの精神をへし折ろうとしていた。
そんな中、ちょっとした幸運に恵まれて……拾い上げられたサムは、人並み以上の生活を享受している。それがどんなにか幸運な事だったかは理解しているし、これ以上を望むのは馬鹿げていることも分かっている。だけど……サムは母親と一緒に幸せになりたかったのだ。例え、彼女が自分を売り飛ばした「酷い母親」だったとしても。彼女が唯一の肉親であることには変わりないし、未だに心の端で燻る忘れられない面影でしかない。ふとした拍子に彼女のことを思い出してしまうのは、ホームシックというよりは、逆に保護者然とした憂慮と息子心によるもの。自分という稼ぎ手がいなくなった今、彼女がどんな風に生活しているのかを考えるだけで、とても不安になる。サムにとって、今の母親が「どのように生きているのか」は最大の懸念事項でもあった。
(……もう、帰ろうかな。お使いの途中だったし、ヴァン兄を心配させてもいけない)
母親は今日も留守らしい。そうして、自分の出立ちがローサンでは目立つことにも気づいて、これはいけないと、サムは慌てて来た道を戻り始める。しかし、そんな彼の行手を阻むように……普段は寂れているはずの一応の目抜き通りには何故か、黒山の人集りができていた。その様子に、好奇心と同時に違和感を募らせては……サムも状況を把握しようと、輪の外に加わってみるものの。輪の最前列で必死に手を伸ばしているのが、まさに自分の母親だという事にも気づいて。サムはいよいよ、薄ら寒いものを感じる。
「あぁ! ベス様に、バロウ様! この哀れな貧乏人に、慈悲の金貨をお恵みください!」
「こっちにも、お願いします! ベス様! バロウ様!」
「よしよし、ほれ……受け取れッ!」
「ふふ。ほらほら、もうひと撒き、行くわよ! さぁ、受け取りなさい!」
高級そうな車の上から、1組の男女……ベスとバロウと言うらしい……が気前よく、金貨の雨を降らせている。そして、大金持ちが齎らす恵みの雨に情けなく群がる、ローサン街の亡者達。我先に道に転がり落ちた金貨に手を伸ばしては、互いに目を血走らせては啀み合う。
(この人達は一体……何をしているんだろう……?)
少年の目には、かつての母親の必死すぎる剣幕が、一際強烈に焼き付く。その姿はまるで、スポットライトを浴びたようにサムの視界に真っ先に飛び込んできては、彼のなけなしの親子愛をすり減らしていった。
派手好きで、遊び好き。サムという稼ぎ頭を失った彼女に残されたのは、ただただ情けなく誰かに縋ることだけ。そんな彼女の姿を見た時……少年は母親の存在そのものを諦めざるを得なかった。母親は自分がいなくなっても、何1つ変わらずにいられる。それなのに、自分は売り飛ばされて、運が悪ければ死ぬ事以上に辛い目に遭うところだった。彼女は何も変わらない一方で、自分はこんなにも変わり果てているというのに。その鮮やかな違いに、住む世界も違うのだと……サムは母親の存在そのものを、直視できなくなっていた。
(ママは……僕がいてもいなくても、関係ないんだね……)
そうして、マトモじゃない狂騒と競争とに背を向けては、トボトボと喧騒を避けて回り道を歩く。ここは既に自分がいるべき場所ではないのだと、まざまざと思い知って。サムは機能としてまだ残っているらしい涙を、情けなくボロボロと零すことしかできない。




