ズバッとお仕置き!スペクトロライト(3)
「うむ? あの騒ぎは何だろうか?」
「こんな所に、警察が屯ろしていますわね。これは……ちょっとした犯罪の匂いが致しますわ」
【キュ、キュゥウン(それはイッタイ、どんなニオイだ)……?】
仕方なしに出かけた、「夕飯の買い出し」の帰り道。買い求めた材料にご馳走の予感に浸っては、往路の不満げな様子とは打って変わって、イノセントの気分も急上昇していた。しかし……ロンバルディア中央通りのとある施設の前に、何やら物々しい空気が居座っている。そうして事件の香りを知らされたイノセントが、目敏く知り合いの背中も見つけては声をかけるが……。
「モーリス!」
「おや? あぁ、イノセントにジェームズ。それに……サナまで。って……あれ? どうして、サナが一緒なんだい?」
「えぇ。お久しぶりですね、モーリス様。この度はラウール様より、留守中の世話係をご依頼いただきまして。プリンセスのお側役を期間限定でしております」
「そうだったんだ。ラウールの奴も新婚旅行に出かけるなんて、言っていたっけ」
【ハゥン、アフッ(フウフ、ミズイらずってヤツだ)】
顔見知りとの世間話に安息を覚えていたのも、束の間。イノセントの何かを期待するようなキラキラとした視線にも気づいて、モーリスは内心でしまったと面倒事の予感を募らせる。何せ……彼の背後にある立派なロンバルディア中央銀行では、彼女が喜びそうな事件が発生したばかり。モーリス自身も駆けつけたばかりで、状況を把握しきれていないが……事件がどんな種類の物か知ってはいる。予々、活躍の場に飢えていると聞かされていたお転婆姫に事件の上澄を共有するのは、活躍の舞台を提供するに等しい。
(え〜と……どうしようかな。これは……)
「モーリス警部補! 被害の確認が終わりました! それで……」
「……あっ、ご苦労様。被害状況はどんな感じかな……」
しかし、先に現場検証に当たっていた警官に声をかけられるついでに、結局は自白せざるを得ないのだなと、アッサリと観念するモーリス。ここまで大騒ぎになっている以上、早々に新聞にも載るだろうし……何より、犯人が駆け出しのちょっとした有名人ともなれば、テレビ受像機でニュースが流れることくらい、想像も容易い。
イノセントは生粋のテレビっ子だ。遅かれ早かれ、彼女の知るところとなるだろう。
そんな気苦労の絶えない境遇も諦めつつ。モーリスは部下の報告に耳を傾ける。
「被害額は企業向け大金庫に保管されていた、金貨およそ1000枚。犯人と思われるベスとバロウは蒸気自動車で逃走中。現在、行方を追っておりますが……」
「……確か、彼らの車はスペクトル鉱搭載の最新モデルだったね」
「その通りであります。ですので、我らの車では追尾が難しく……」
「そうなんだよなぁ……。本当に、もう。しかも、その車が押収品なのが、余計に良くないんだよなぁ……。それはともかく、怪我人は? 被害額も被害額だけど……もし負傷者がいるのなら、まずはそちらの救護から……」
「……残念ながら、行員36名及び、居合わせた利用者28名は全員死亡しております。ですので……救護はせずに、犯人の追跡に総員のほとんどを動員しております」
「……そう、か。だったら、残った人員は被害者の身元割り出しに動いてくれ。それで……うん。集まった記者さん達には、僕から説明するよ。みんなにもそう、伝えて」
「承知致しました」
若い警官がキリッと敬礼をした後に去っていくが。その背中を見つめて、やれやれとモーリスがため息を吐く。そんな彼の様子に、流石のイノセントもこれ以上の邪魔はしてはいけないと、珍しく「空気を読んだ」らしい。いつになく大人しく聞き分けのいいフリを演じては、モーリスに労いの言葉をかける。
「……モーリス、ご苦労だな。これ以上は邪魔だろうし……私達は一足先に帰るとしよう。行こう、サナ」
「そうですわね。あぁ、それと。ソーニャには私から連絡しておきますわ。ダーリンはお仕事で大変そうだから、帰りが遅くなりそうだ……と」
「うん、そうしてくれるかな。……気を遣わせて、悪いね」
必要以上の追及を逃れられて、モーリスがいよいよ草臥れた笑顔を見せる。それでも、お仕事はしなければと……真面目な警部補は集まった記者達相手に、事件の概要説明と釈明という餌を提供するのだった。




