密林に咲くヒヤシンス石(26)
対戦結果は、火を見るよりも明らか。きっと彼は拘束銃の特性は知りつつも、クリムゾンの真価を見誤っていたのだろう。本当に警戒するべきは拘束銃ではなく、神殺しの炎の方だった。いくら黄金色の鎧を着込もうとも、その鎧に可燃物が含まれている以上、水分もろとも燃やし尽くすクリムゾンの炎までもを防ぐ術は彼にはない。それが例え……限りなく神様に近しい来訪者として作成された、イミテーションだったとしても。
【フシュルルル……イヤだ……。オレは、まだ……】
諦めたくない。どうしても、人間になるんだ。そして、みんなと一緒に暮らすんだ。
肌を焼かれる痛みで吹き返した理性を絞り出し、炎の向こうから化け物の悲しげな譫言が聞こえてくる。そのあまりの愁嘆に、難物落としも得意だとされるインスペクターとしても、身につまされるものがあって遣る瀬ない。
「……ライヤさん。あなたはどうして、そこまでして人間になることに固執するのですか? 誰と一緒に暮らそうと言うのです」
【ワからない、シらない、シりたくもない。だけど、ヤクソク……したんだ。フシュ……ッ。オレは、ごトウシュサマをマモると、ヤクソク……したんだ】
初めてそれなりに人間らしい生き方を与えてくれた、貧乏な伯爵様。彼側のサービスが例え、化け物の有効利用を見込んだ計算だったとしても。ライヤにとっては、彼がもたらした生活は紛れもない「幸せ」だったのだ。だからこそ……「幸せ」の中で暮らし続けることを望んでは、人間としてその生活に磅礴することをライヤは強く願っていた。
【なぁ、オレ……このアト、どうなるんだ? シぬのか? ……フォンブルトンサマはどうなる?】
「次期当主様に関しては、ご心配無用ですよ。先に安全な場所にお引き渡ししてありますし。それに……」
【それに……?】
「さっき、ジェームズも申していましたでしょ? ドレクァルツは自立することを考えないと、遅かれ早かれ滅亡する、と。……大丈夫ですよ。その先のことは、それなりに考えますから」
そっか。それなら……もう、いいか。俺……死ぬんだな。
洞窟の陰鬱な影を全て照らす輝きが収束する頃。鎧を剥がされて、ようやく拘束銃の束縛を受け入れるようになった化け物の肌に、望みも痛みも全て忘れてしまえと餞のトドメを与えるラウール。閃光の鎖の中で、こぼれ落ちた命の果てに残ったのは……拳2つ分の大きさの黄金色の宝石だった。
***
「……お疲れ様でした、キャロル。それにしても……どうして、君は裸足なのでしょうかね?」
「えぇと……。ライヤさんを追跡するのに、足音を消そうと思って……」
「そう。だけど、いくらお仕事だったとは言え……あぁ、あぁ。折角の綺麗な足が泥まみれじゃないか……。まぁ、君が無事ならそれでいいけど」
【ハダシ、ワルくないぞ? いっそのコト、ラウールもハダシになってみたら、どうだ?】
「そこで犬と一緒にされましても……」
裸足を理由にここぞとばかり、強制的に荷物扱いではなく姫様扱いで抱き上げれば。相棒の腕の中に脱ぎ捨てたブーツと一緒に、悲しい黄金色を帯びた宝石が抱えられているのが、イヤでも目に入る。どこか詰るような輝きを前にしては……好感度ゲットなどと不真面目なことも言っていられないかと、ラウールも悲しげにため息をつく。
(人間になりたかった……ですか。彼も……大切な相手を見つけられていたのなら、化け物のままでいなくても済んだのかも知れません……)
かつては自分も「彗星のカケラ」を取り込めば普通の人間になれると信じていたし、そのために必死でカケラ集めに精も出していた。しかし、その摂取がもたらすのはあくまで現状維持であって、彼の夢を叶える手段にはなり得ない。そして……本当は心のどこかで、残酷な現実に気づきながらも、無視していたのだ。
それを認めてしまえば、自分は孤独な化け物だと忘れることができない。だから、仮面越しの世界で大暴れをしては……どこかで気付きかけていた事実さえも、狭まった視界の中で見て見ぬフリをしてきた。
(ですが……俺はこうして、曲がりなりにも家族を持つ幸運に恵まれました。そう、ですね。きっと……)
今の暮らしは、本来はなかったはずの夢の代替品。真似事の幸せだと言ってしまえば、それまでかも知れないが。だが、それを本物か偽物かを決めるのは持ち主の特権であって、他人がとやかく言う話でもないだろう。そして……自分にとっての「本物の幸せ」を守るために、幸せを掴み損ねた同類を屠る結果になったが。彼側の言い分を犠牲にしてしまった顛末に、如何にもこうにも、後味が悪い。




