密林に咲くヒヤシンス石(23)
「俺のママ達は素晴らしい逸材だったよ。なにせ……最初から人喰いだったんだから。しかも、とってもよろしい事に程よく人間を捨てていてさ。知ってる? 例のハーリティ・ソニーアの家族構成。父親と母親の間に息子が6人、娘が8人。そんでもって……孫は32人、だったかな」
飄々とまるで他人事のように、ライヤが楽しそうに運命の出会いについて語り出すが。その出会いは運命は運命でも……決して素敵なものではなく、最悪だった。
ルーシャムから逃げ果せた2人の娘は共に母親はソニーアではあったが、父親は彼女の夫ではない。彼女の息子の方だったらしい。そして、そんな血統に問題を抱えた彼女達を待ち構えていたのは、人体実験さえも厭わない、人の皮を被った別の化け物だった。
「近親相姦もここまでくると、異常だよね。ま、それはともかく。俺のママ達がいかに優れていたか、についてだけど」
「詳細な説明は結構ですよ。正直なところ、これ以上は食傷気味ですし。どうせ……あなたの言う優れていた点は適性の獲得速度でしょうから」
「ふふ、正解。いやぁ、インスペクターの旦那はなかなかに物知りだね。こっち方面の知識もあると見える。……おっしゃる通りさ。彼女達は濃い血縁関係のせいで、遺伝情報は少ない状態だった。だから、ちょこっと塗りつぶすだけで、適性をあっという間に獲得したらしくてね。しかも、人間らしい生活をしてこなかったママは……食うか、狩るか、産むかの3パターンしか知らなかった。知性なんて、あったもんじゃない」
人間を程よく捨てていたライヤの母親達は、餌さえもらえればそれなりに従順に試験もこなしては……アッサリと磅礴の彗星さえも受け入れて、研究者達の思惑通りに貴重な研究対象を量産していく。しかも遺伝的な多様性を獲得できなかった子供達は、濃い血統と磅礴の彗星の影響とをより強く残したため、とうとう古代天竜人と同じ特性を持つ子供まで生まれたらしい。
「それが俺ってワケ、さ。今でこそ、人間っぽい形をしているけど。俺は最初、本当に醜いカエルの姿をしていたんだよ。あぁ、そういや。あのブルーベルの原産国では、ロンバルディアを馬鹿にする時、“フロッグ・イーター”なーんて言うよね。この国には、カエルを食べる文化があるんだっけ?」
「そのようですね? 俺はカエル料理、食べたことはありませんが。結構、お高いレストランでも出てきますかね。とは言え……お隣さんに対して、こちらもあまりよろしくない応酬をしてる時があるので、どっちもどっちだと思いますが。“料理が不味い国の人間は信用できない”……でしたか? 信頼関係の構築に、料理の良し悪しは関係ないでしょうに。本当に、下らない」
【ラウール、ヘンショクギミ。リョウリのヨしアしイゼンに、ジャンクフードにカタヨりすぎ】
「……それこそ、俺の食性は関係ありません。余計な事、言わないでください」
今でこそ、穏やかに過ごしてはいるが。スコルティアとロンバルディアが互いをやや敵視しがちなのは、お食事事情の問題以上に、ちょっとした立地の影響もあったりする。本国はロンバルディアとの間にルーシャムが挟まっており、正確にはロンバルディアとスコルティアは隣国とは言えない。しかし、かつてのスコルティアは領地拡大に熱心だったこともあり、様々な国にエクスクラーフェンを残していた。そして、その飛地こそがミットフィード森林の一部であり、不自然にスコルティッシュ・ブルーベルが咲いていたのは、実はスコルティアの領地だった事に由来する。
尚……スコルティアがたまにロンバルディアに対して卑屈になるのは、先にルーシャムとの外交を成功させたという取り込み作戦を揶揄してのものらしい。片や、ロンバルディアもスコルティアも同じ大陸の上で睨みを利かせてきたライバル意識を持ち合わせており、立地的な意味合いでは正確には隣国と言えないにも関わらず……ロンバルディアの隣国は旧・シェルドゥラかスコルティアしかないと、よく勘違いをされていたりする。その辺りは隠れ軍事国家に相応しい、不本意な評価とも言えるだろう。
「そっか。旦那にはカエルを食べる趣味はないんだね。俺としては、どっちでもいいけど。それはそうと……そろそろ、お喋りも終わりにしないといけないかな。そうそう、旦那。最後にちょいと、お願いがあるんですけど」
「お願い、ですか?」
「うん。お願い。そっちのクリムゾンちゃん、俺に譲ってくれないかな」
「……お断りです。誰が最愛の伴侶を手放すもんですか。そういう事でしたら、もう結構。カエルを食べる趣味はありませんが、カエルを潰すくらいはできますよ。今回のお休みは冬眠ではなく、永眠になりそうですね?」
「おや、そいつは残念だ。だけど……ふふふっ。本当に、旦那はいい度胸をしているよね。そんなちっぽけなおもちゃだけで、怪物の巣に乗り込んでくるんだから。実はさっき、レナクの試験槽を温めてきたんだ。レナクは本当に器用な奴で。温度管理をしっかりしてやれば、オスの役目もメスの役目も果たしてくれる。だけど……彼女も本当に醜くてねぇ。俺もどうせなら、可愛いお嫁さんが欲しいなって、思うわけ。特に……クリムゾンちゃんは美人なだけじゃなく、耐久性もバッチリみたいだし」
「ですから、そのお申し出は先ほど断りましたよね? 私は既婚者ですし、この肌に触れられるのは主人だけだと」
「……キャロル、そんな事を言ってくれていたのですか? それって……」
是非、そのセリフを間近で聞いてみたかったなぁ……と、好感度ゲットもさる事ながら、変なところで悔しがるラウール。普段からスキンシップ(ご褒美も含む)は常々受動的な彼女の口から、お熱いセリフが出るなんて。それは、夢ではなかろうか。
【……ラウール、イマはエツにイっているバアイじゃない。どうやら、そっちのオクサマもおデましみたいだぞ】
「あぁ、こいつはひどい有り様ですね……。これでは、俺はそういう衝動さえ、起きませんけど……」
試験槽を温められたことで、随分と活動的になったらしい。奥から意気揚々とやってきたのは、黄色い体液らしきものを纏っては悪臭と一緒に這い出でる大きなカエルの化け物。しっとりと身の毛もよだつ風合いで、全身がテカテカと黄金色に輝いて見える。
「……レナク。起きてきたところ悪いんだけど、お前は用済みなんだ。ここまで退化した以上、お前の子供の性能は高が知れている。俺がいくら進化しても、相手がこれじゃ……子供達はいつまでも不完全なままだ。狩りもうまくできていないし、足のつき方も変なら、尻尾も残ったまま。代を重ねるごとにどんどん、人間から離れていってる」
だから……まずは、お前を食料にするよ。
不気味な一言と一緒に、ライヤが自分の数倍はあろうかというレナクを、大きく開いた口で飲み込めば。彼の姿も忽ち膨張しては、変化し始める。
【……サテ、と。インスペクターのダンナ。どうだい? クうガワじゃなく、クわれるガワになってみるキはない? オレがダンナのカわりにカンセイヒンとして、クリムゾンちゃんをカワイがってあげるから】
「もちろん、お断りですよ。先ほども申しましたでしょ? ……食わずとも、潰すくらいはできるって」
目の前に鎮座するは不気味を通り越して、ありとあらゆる忌避と背徳とを詰め込んだ、磅礴の彗星の成れの果て。その驚異の存在は拘束銃の閃光でさえ、特殊な粘液で易々と弾いてみせる。しかし……彼らは知らない。新婚さんには、とっておきの奥の手があることを。お熱いのは、奥様のお言葉だけではない。




