密林に咲くヒヤシンス石(22)
「そのレナクさん、ですけど。確か……ライヤさんはあの子達の父親、と言っていましたよね? もしかして、レナクさんは何人もいるのですか?」
正体を明かしたところで、少しばかり怯えた表情を見せたライヤではあったが。それでも、どこか余裕を隠し持った態度を崩そうともしない。キャロルの質問にも、アッサリと答えを返しては……既に異形になりつつある顔を、器用に歪める。
「いいや? 今のレナクは1人だよ? ただ……彼はとっても器用な奴でね。環境によって、男性にも女性にもなれるのさ」
「そういうことですか? 確か、天竜人の古代種は両性具有でしたね」
「ラウールさんに、ジェームズ!」
【キャロル、ブジでナニよりだ】
お迎えが遅くなってすみませんね……とキャロルには言いながら、鋭い目つきで拘束銃をライヤに向けるラウール。一方のライヤは拘束銃の銃口に怯える様子を見せながら、尚も戯けた調子で彼の質問に答えた。
「その通りさ、大泥棒さん。……流石に最高傑作ともなれば、込み入った事情も知っているんだね。まぁ、こんな状況だし……観念して、種明かしするのも悪くないか。……俺は、ね。元から、来訪者としてデザインされるために生み出された存在だったんだ」
その弁からするに、彼のベース自体も特殊な存在ではあったらしい。磅礴の彗星を研究対象としていた研究者達は、より来訪者に近しい存在を作り出すために、試行錯誤を繰り返していたが。あまりに研究成果も芳しくなかったこともあり……とうとう、禁忌の領域に足を踏み込んだ。
「……磅礴の彗星がユニーク過ぎる来訪者だったのが、とっても良くなかったんだよね。彼は生殖機能をオスの分もメスの分も持っていて。言葉の意味としては、違うのかもしれないけど。彼は生粋の両生類……いや両性類だったんだ」
ライヤが生まれた時期のシェルドゥラは、まだまだ「分国」のロンバルディアへの恨みを相当に抱えていた時代であり、戦争やら復権やらの野望を理由に荒唐無稽な軍需研究……兵器としてのカケラ生産も含む……が盛んだった。そして、国民の地位は戦力になるかどうかで決定づけられ、延いては相当な男尊女卑の世界でもあった。
「……そんな事情もあって、さ。研究者達は立場の弱い奴隷階級の女性を使って、とある人体実験を始めたんだ。それが……これ。来訪者の体液を流し込むことで、彼女達に適性を作り上げた上で培養した磅礴の彗星のメスの部分……つまり、子宮を移植したのさ」
「まさか、それがカケラの女性も子供を産めるようになる手段……ですか?」
「言ってみれば、そんなところかな。この試験槽の中身は来訪者から絞り出された胆汁……いわゆる肝臓の分泌液、だけど。本来であれば、脂肪を消化する役割を果たす体液の一種でね。この脂肪を消化する、って部分がとっても重要だったんだ。適性を埋め込むには、種を受け入れる窪みが必要だったんだよ。受け入れる部分を凹ませなければ、適性はきちんと根付かない」
そうして作られた凹みに来訪者の子宮の元を埋め込んで、後は磅礴の彗星と交配させるだけ。ライヤはアッサリとそんな事を言ってのけるが……言葉以上に、現実の悍ましさは常軌を逸しているとしか、言いようがない。そして、彼が語った実験に自らのルーツに通じるものを感じて、残酷さ以上に……自身の出生の禁忌を思い出しては、吐き気を催すラウール。
そう……かの“パーフェクトコメット”は無理やり別の生命体を埋め込まれた挙句に出産を実現した、イレギュラー種。そして、そのイレギュラー種が産み落としたのが……。
「……ラウールさん? 大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……大丈夫。少し、気味が悪くて。……寒気がしたんだ」
【ムリもないな。イマのハナシは……アクシュミどころじゃスまない】
「おや? 最高傑作さんはどうやら……実験の中身にも心当たりがあるみたいかな? まぁ、いいや。俺はどうせ……旦那と違って低俗な生き物にしかなれなかった、出来損ないだし。最初からパーフェクトで生み出されることを前提にすら、されていない。何せ……彼らが目指したのは、来訪者のイミテーションの作成だからね。全く異なる材料をベースに、似非神様を作ろうとしていた……それだけだもの」
そうして生まれたライヤは人間の胆汁を固めたもの、所謂、胆石を鉱物の代わりに与えられていたとも呟きながら……フフ、と寂しげに笑う。
胆石症の原因は様々だが。胆石自体は胆汁の成分が偏り、結晶化することで出来上がるものがある。そして、胆汁だけでは脂肪を消化できずに、残ったコレステロールが結晶化するパターンが多い。因果関係としては、他にも色々な事情があるものの……要するに、人間の場合は脂肪肝の持ち主は胆石も抱えている可能性も高いという事にはなる。しかし……。
「そんな中途半端なものを与えられていたから、俺は未だにこんなザマなんだ。……ちゃんとしたジルコンを貰えてりゃ、人間になってみんなに馴染めたのに。いつまで経っても冬眠しなければならないし、その度に美味くもない肝臓を食って、巣を作らないといけない。……俺は最初から、貴重な宝石を使わずとも来訪者に近づけるように作られていたんだ。そして……」
「……研究者達はその餌にあろうことか、体液の結晶化が起こりやすい人間の肝臓を選んだ……と。だとすると、ハーリティのクダリも嘘ですか? もしかしたら、順番は逆でしたかね?」
「いや? 俺がハーリティの孫っていうのは、本当。俺は紛れもなく、生まれも育ちも、この洞窟なもんで。たまたま、彼女達がこの洞窟に逃げ込んできただけなんだ」
その出会いは、ちょっとした運命だったのかもしれない。ライヤはまるで懐かしむように、ポツリポツリと遠い思い出を語り出す。
磅礴の彗星は貪欲な性質とは裏腹に、非常に繊細な来訪者だった。彼がきちんと稼働するにあたって、シェルドゥラは彼の生態にはマッチしていなかったらしい。その辺りはきっと、カエルの姿を持っている事に起因するのだろうが……磅礴の彗星は自身の肌に合う、豊かな森林と綺麗な水がない場合は、途端に調子が悪くなったと言う。
「で……当時の研究者達は、この森にひっそりと引っ越したんだよ。なにせ、ここは元々は彼らの領地だった場所だからね。……あぁ、違うか。ロンバルディア側からすれば、シェルドゥラの方が分国になるんだったっけ」
そうして不法入国も何のそのと、シェルドゥラの研究者達はまんまと磅礴の彗星が馴染む環境に居を構えることができたものの。それでも、研究は失敗例を積み上げる一方だった。だが、そんなある日……彼らの元に、ライヤの言うちょっとした運命の出会いが転がり込んできた。そう、運命というより他にない……あまりに残酷な出会いが。




