密林に咲くヒヤシンス石(19)
細心の注意を払って、最大級の不審人物の背後に追いつけば。彼は難なく森の外に脱出すると、そのままスタスタとフォンブルトンを担ぎ上げたまま、開けた道に出る。そうして、荷物扱いにしか見えなかった担ぎ方とは程遠い、どこか恭しい手つきでフォンブルトンを下ろすと……道端の杭のそばに彼を横たえた。
「……すみませんね、フォンブルトン様。しばらく、ここで眠っててください。……俺にはちょいと、野暮用ができちまいまして」
辺りを注意深く見渡した後、きっと風邪を引かせないようにだろう……羽織っていた外套を脱ぐと、そのままフォンブルトンにかけてやるライヤ。様子からするに、彼にとってフォンブルトン様は餌ではなく、ご主人様である事には間違いなさそうだ。
「さて……と。……行きますか」
そう呟くが早いか、踵を返しては森林へ逆戻りするライヤだったが……それを見つめていたラウールとキャロルとしては、やっぱりフォンブルトン様の処遇が気になる。何せ……。
「いくら開けた道であるとは言え……こんな所に放置ではそれこそ、襲われかねませんねぇ……」
「え、えぇ……。森の中よりは、安全でしょうけど……」
正直なところ、ロンバルディアの犯罪率は低くもないし、強盗は日常茶飯事……とまではいかないにしても、そこまで珍しいことでもない。なので、ラウール達もノールから「人攫い」が発生したと聞かされた時には自然と「強盗」までセットで連想してしまう程に、ある意味でありふれた犯罪でもあった。その実情は、警察官でもある兄・モーリスの頭を悩ませかねない事案だが。……今はモーリスの頭痛を心配してやる場面ではない。
「どうしましょうかね……。キャロルにはフォンブルトン様は運べそうに無いですし……」
「でしたら、ラウールさん。ライヤさんの尾行は私がしますから、まずはフォンブルトン様を農場まで運んであげてください。あのままでは攫われないにしても、風邪を引いてしまうかも」
ラウールとしては子豚ちゃんが襲われようが、風邪を引こうが関係ないと割り切りたいが。キャロルはやっぱり、放置は良くないという判断を下したらしい。そうして、相棒のご提案を渋々飲み込むと、役割分担とお仕事の段取りを再確認する。
「……分かりましたよ。フォンブルトン様は運んでおきますから……キャロル。追跡をお願いします」
「了解。ふふ。何だか、2手に分かれるっていいですよね」
「そう?」
「えぇ。……あなたに信頼されている気がして、ちょっと誇らしいです」
そういうものだのだろうか? ラウールには、キャロルの言い分はあまり理解できないけれど。しかして、一方の彼女は分担作業込みのチームプレイに、非常に乗り気な様子。嬉しそうにウィンクまでしつつ、抜かりなくライヤの後を追い始めるではないか。そんな相棒の背中を見送りながら……確かに信頼はしているが、同時に不安なのだと出遅れた言い訳をしてみる。それでも、今はとにかく早めに合流しましょうと、ラウールは仕方なしにフォンブルトン様の方へ駆け出した。
(確かに、目方は結構ありますね……これは。担いでの移動だったのも、納得です)
意識を失っている相手を運ぶというのは、重量以上に神経を使う部分があり、担ぎ上げるのにも一苦労。それでも、仕込みが違うのだと相手もいないのに妙な意地を張っては、スマートなレンジャーロールで子豚ちゃんを担ぎ上げる。……やれやれ。ここから農場まで、1キロ近くあると言うのに。ズシリと重たいお荷物を背負わされたら、自慢の俊足も思うように生かせないではないか。
(っと……文句を垂れている場合ではありませんか。それにしても、本当に重たいですねぇ……)
ギシリと肩に食い込む柔らかな肉塊に……これでは餌認定されても仕方ないと、重みで揺らせない肩をせめて気分だけでも竦ませる。兎にも角にも、自分も荷物整理をしたら、サッサと尾行に参加しなければ。彼女の提案に乗って、勢い2手に分かれることになってしまったが……本当は子豚ちゃんよりも愛しいウサギちゃんの方が心配なのだと、ラウールは言い知れぬ不安を募らせていた。




