密林に咲くヒヤシンス石(18)
「それで、お願いとは? まさか、あなたのご親戚を見逃せとは言いませんよね?」
「この期に及んで命乞いができないことくらい、分かってますよ。俺のお願いは他でもない。彼らの存在を他言無用にしてほしい……ただ、それだけさ」
ハーリティの孫らしいライヤではあるが、彼はごくごく普通の人間にしか見えない。彼は自身が言っていた通り、捨て石……性質量をほとんど持たないために、核石の特質自体も鳴りを潜めている様子。きっと、普通の人間よりは底上げされている部分もあるのだろうが、ラウールやキャロルと比較すれば、まずまず一般人だと言っていい。
「400年生きているったって、一人じゃ生きていけないからね、俺も。……実は、さ。言葉も知らないし、人間になりかけていた俺を拾ったのが、当時のご領主様ん所のクソガキでさ。まぁ〜、拾われた当初は散々だったよ。……俺を野人だの、奴隷だのと、結構な乱暴もされたっけなぁ。でも……」
当時のご領主様はそれなりに計算高く、理知的な人物ではあったらしい。ご子息がライヤに横暴に振る舞うのを嗜めては、彼にも同じ教育を受けさせることにしたそうな。しかし、温情を無条件で傾けたわけではなく……あくまでそれなりに役に立ちそうだと判断されたから、とライヤは言うものの。それでも、暗い洞窟とは真逆の世界で過ごす人間らしい生活は、彼にとって刺激的であると同時に……どこまでも、幸せな日常だった。
「それに、自分で言うのも何だけど。俺は人間よりは出来が良かったもんだから。ご子息様にも認めてもらった後は、用心棒の仕事もしててね。実は、さ。俺も一定のスパンで冬眠しないといけないし、そのタイミングで表舞台から姿を消しては、歳を取らない不自然さを誤魔化してもきたんだ」
「……そう、でしたか」
「で……俺を拾ってくれたご領主様のお庭を荒らしているのが、親戚なのが申し訳なくて。こうしてレナクが狩りをし始めるたびに、こっそりと始末してきたんだけど……1人では間に合わない時があるし、代を重ねるごとに進化しているし。最近は言葉を喋ったり、再生機能までくっついていたりと、手に負えなくなっていたんだよ。それに……俺も、自分の親戚を手にかけるのは結構辛い」
「そのお気持ち、お察しします……。それはとっても、お辛いですよね……」
拘束銃の痺れは残っているが、腹ペコだとヴーヴー唸り続ける子供達をチラリと見やりながら。キャロルが悲しそうにライヤに同情を示す。しかし、一方で……妙な違和感を感じては、胸騒ぎを抑えることができないラウール。そうして、その原因を確かめましょうと、ライヤに質問を吹っかけてみるが……。
「そう言えば……この子がパパには肝臓が必要、と言っていましてね。どうして肝臓なのでしょうか? それには、何か理由が?」
「……さぁね。俺にはよく分からないけど……きっと、人間の肝臓は美味いからじゃないかな?」
「なるほど? まぁ、いいでしょう。とにかく、この先は俺達の方で始末するとしますか。調査結果の報告如何に関しては、内容次第ですが……あなたは、フォンブルトン様を避難させる方が先なのでは?」
「あはは、そうみたいだね。……それじゃ頼みますぜ、インスペクターの旦那。子豚ちゃんを運んだ後は、俺もそちらに向かいますから」
目方だけはしっかりあるのだから……と、気絶したままのフォンブルトンをよっこらせと担いでは、慣れた足取りでその場を離れていくライヤ。そんな彼の後ろ姿が見えなくなったところで、捕虜に向き直ってはどうしようかと考えるものの。まずは通常の感覚を再確認するために、キャロルにも同じ質問を投げてみる。そもそも、なぜ肝臓なのか……に関しては、彼は明らかに異常な答えを寄越して見せた。その事が、不穏で仕方がない。
「キャロルはどうして彼らが肝臓を狙うのか、分かりますか?」
「え?」
「……本当に美味しいから、なんでしょうかね? そもそも、人間の肝臓を美味いだなんて言える方がおかしいと思いうのは、俺だけですか?」
「た、確かに……。ライヤさん、人間の肝臓……って、言っていましたよね……。わざわざ、注釈を入れるとなると……」
「どうやら、俺達が本当に狙うべきはこの子達の父親の方じゃなさそうですね。とりあえず、ここはライヤさんを尾けますよ。後で向かいますと言っている時点で、彼はきっと巣穴の場所も知っているのでしょうから。彼に道案内もしていただいた方がスムーズかも」
であれば、言葉もあまり通じないような捕虜を頼る必要もないだろう。そこまで考えると、抜かりなくキャロルをその場から少し下げさせて、子供達に拘束銃を追加でお見舞いするラウール。縛り上げられたままの相手を屠るのは、何とも気分が悪いが。ここは迷っている暇もないだろうと、一思いにトドメを与える。そうして非情な光の鎖に締め上げられて、機能を停止させられれば……腹ペコの化け物達も腹を満たすどころか、空気を吸うことさえままならず。光に包まれて、短い生涯を塵へと変えていくのだった。
【作者より】
なんと!
話数だけは伸びて、とうとう600話目になってしまいました。
書きたことを書いているだけなので、何とも微妙ではありますが。
こうして、継続できているのも読んでくださる方がいらっしゃるからだと、感謝の気持ちで一杯であります。
ありがとうございますです。
なお、この作品で全面に押し出したいのは宝石達の輝きではなく、彼らを取り巻く風景の色味だったり、匂いだったりします。
コーヒーの香りやフレーバーの描写には特に力を入れていますです!(何のアピールだ)。
カフェイン最高!(作者も間違いなく、カフェイン中毒者です。ハイ)。
そんないらない拘りにも気づいてもらえると、とっても嬉しいのです。
と、兎にも角にも。
これからも作者の悪趣味全開で書き進めていく所存であります。
何卒ご理解賜りますよう、よろしくお願いいたします。




