彗星のアレキサンドライト(6)
「久しぶりだね、ルヴィア! どうだい? その後、変わった事はないかな」
「え、えぇ……大丈夫ですわ」
きっと、彼女の16歳の誕生日が近づいてきたこともあるのだろう、連日、自分の花嫁の様子を確認しようと足繁くグスタフが通うようになってきた。この時ばかりは、彼の相手をしてくれる父親の存在が有り難く感じられるが。今日もタイミングが悪いことに……ロヴァニアは政治家らしく、議会の会合へ出かけている。そうなれば、グスタフの相手は自然とルヴィアがしなければいけないことになるが、ここ最近は頻度も急激に上がっていることもあって……普段から何かと塞がりがちなルヴィアの気分は、落ち込んだままだ。
「あの……グスタフ様。そう言えば、舞踏会の日から質問したかった事があったのですが……」
「うん? なんだい、ルヴィア。私に何を聞きたいのかな?」
「どうしてグスタフ様はわざわざ、田舎育ちの私をお選びになったのですか? 聞けば、グスタフ様は王家の血筋をお持ちの立派な方だとか。そんな由緒正しいお家柄の貴方様に……私は不相応だと思えるのですが……」
「そんな事はないさ。王家に連なるとは言え、私自身は一介の貴族に過ぎないからね。君が気後するような事は何もないから、安心してくれ給えよ」
「そう、ですか……」
意外と謙虚なその答えに、心底ガッカリするルヴィア。いっそのこと、相手が突き抜けてさえいてくれれば、それを理由に断ることもできるのかもしれないのに。高貴でありながら、中途半端に身近なグスタフは……ルヴィアにとって、この上なく厄介な相手にも思えた。
「しかし……その様子だと君はもしかして、私のところに来るのが嫌なのかな? 先ほどから、随分と浮かない顔をしているけど」
「い、いえ……そのような事は……」
ハッキリと「えぇ、そうです」と言ってしまえれば、どれだけ楽になれるだろう。しかし、この縁談を壊してしまえば、祖父母の身にも火の粉が降りかかるだろうと、グッと堪える。
ロヴァニア家の名誉を踏みにじったとなれば、あの傲慢な父親を怒らせかねない。そうして怒らせた暁に、彼は自分ではなく祖父母に手を出すだろうと……ルヴィアは有り余る悲しい想像にため息をつく。それは間違いなく、彼女を攫うために強硬手段に出たロヴァニアが、いかにもやりかねない事。そんな悲劇を考えるだけで、穏やかな陽気の中でさえもルヴィアは自分の背筋がゾワリゾワリと縮むのを、確かに感じていた。
「どうやら……そうか、緊張しているんだね。大丈夫さ。君ほどの美しさがあれば、どこに連れて行っても恥ずかしくないし……田舎育ちだと遠慮しているのなら、上流階級ならではのマナーもしっかりと教えてあげるから。君が心配する事は何もないんだよ」
「……はい」
おそらく、グスタフはグスタフで、そこまで悪い相手ではないのだろう。柔らかな銀髪に、美しい青の瞳。そして……整った顔立ちは、絵本の王子様が飛び出してきたのでは、とさえ思える程に完璧な容貌だ。それでも……。
(あぁ、でも……やっぱり私はお祖父様とお祖母様の所に帰りたい……。野原を駆け回って、花の香りを楽しんで……あの温かいお家に帰りたい……)
どこまでも懐かしい風景を思い浮かべては、事あるごとに鼻を突くお茶の芳しい香りに、目の前の現実に引き戻される。自分には気取った貴族の生活よりも、泥臭くても自然体でいられる田舎の生活の方が、何よりも性に合っているような気がしてならない。それでも、祖父母を守らねばという小さな使命感に、ルヴィアはその場では取り繕うように涙を堪えるのが精一杯だった。